牯嶺街少年殺人事件

牯嶺街少年殺人事件(1991)
監督 楊德昌(エドワード・ヤン)

教育と暴力…愛情と殺意…プレスリーと短刀…日本統治時代の遺産と、共産党の脅威と、アメリカ文化と…すべての敷居が消えた混乱の時代…台湾は1947年から1987年まで戒厳令下にあった…この映画は1961年に実際にあった事件がベースになっている…作中で主人公の父親(実父でもあるらしい)が激しい尋問を受けるのは当時の白色テロと呼ばれるものだろう…今は随分変わったように見えるが、微妙な立ち位置であることに変わりはない…最近の中国共産党の動きを見るなら寧ろ不安定な状況なのかもしれない…本当の友は誰なのか…誰が守ってくれるのか…何が自由で何が正義で何が悪なのか…

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HOWL

吠える その他の詩(1956)
著 アレン・ギンズバーグ
訳 柴田 元幸

理性、モラル、有用性、科学、常識、普通…はありのままを別の姿に書き換えてしまう…答えを示し従えようとする…それらにはそれらなりの役割があるしそれらに頼るしかないとしてもそれらに抵抗することでしか価値は生まれないのではないだろうか…価値とは結果とか成績では計れないものだ…モレクは恩恵と引き換えに犠牲を求める…ヒップスターたちは抵抗し悶え吠えた…

https://hitkeas.com/2021/07/20/matrix/
https://hitkeas.com/2021/02/20/life-2/

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Motel Chronicles

モーテル・クロニクルズ(1986)
著 サム・シェパード
訳 畑中 佳樹

ここの人々は
いつのまにか
彼らがそのふりをしている
人々になった
(p51)

前に読んだのはいつだったか…
覚えているフレーズは上記ぐらいで…
わりと引きずってる言葉だ…
この本の言葉だったことも忘れていた…

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GHOST OF CHANCE

ゴースト(1991)
著 W.バロウズ
訳 山形浩生

キツネザルは英語でレムール(LEMUR)と呼ばれている…
元々はローマ神話で「死者の霊」を意味する言葉だ…
マダガスカルなどの僅かな孤島に生息している…
手懐けることが難しく、排泄物には多くの病原体が潜んでいるらしい…

タイトルは「僅かな可能性」という意味の慣用句だ…
キツネザルが希少であることと、人類への望みを重ねているのかもしれない…
バロウズは自然や動物との対比の中でヒトの醜さを炙り出している…

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/1009/feature05/
https://kagakubar.com/mandala/mandala05.html
山形さんはどういうわけか「LEMUR」をキツネザルではなく、メガネザルと訳している…
物語はマダガスカルの歴史を意外と忠実になぞっている…

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STRANGER

ジム ジャームッシュ インタビューズ
編 ルドヴィグ・ヘルツベリ
訳 三浦 哲哉

■ There is no paradise
Harlen Jacobson/1984

■ “East European director”
Peter Belsito/1985

タイトルの意味が少しずつ見えてくる…
Stranger in Paradise を捩っているらしい…

「…僕はさかさまに書くんだ。つまり、語るべきストーリーがまずあってそのうえで肉付けしていくというのではなくて、まず最初にディテールを集めて、その後、パズルみたいにストーリーを組み立てていく。主題、ある種のムード、それからキャタクターはあっても、直線的に進むプロットはない。…プロットありきという考え方にはぞっとするんだよ。プロセスにこそなにかがあると考えていたほうがエキサイティングだ。僕の方からストーリーを定式化するというより、ストーリー自身が自分のことを僕に話し始めてくれるんだ。」(p32)

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Eating Animals

イーティング・アニマル(2009)
著 ジョナサン・サフラン・フォア
訳 黒川 由美

我が町にも食肉加工場はある…
検査機関も併設されている…
平日は数百メートル先まで豚の鳴き声が聞こえる…
革製品を扱う工場もある…海外からの注文も多い…
工場は原発や米軍基地のようなものだ…
住民の生活を支えている…

動物の犠牲に関わるものを今すぐすべて否定することはできない…
社会全体が少しずつ別の選択をするよう願うだけだ…
おそらく正解とは頭の中の出来事に過ぎないのだろうし…
何にしろ穏やかな気持ちでいたい…
人同士の軋轢も、動物の犠牲もないのが理想だ…

人は「食事をする」動物だと著者は言う…
さらに言うなら「食べ物を作る」唯一の動物だろう…
自然界に「食べ物」は存在しない…
食べる行為があるだけだ…

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Ein Bericht für eine Akademie

ある学会報告(1917)
著 フランツ・カフカ
訳 池内 紀編

ペーターは「出口」を求めていた…それは文明社会への「入り口」でもあり、順応、適応を意味している…さらにペーターは「出口」が「自由」と同義ではないことを強調する…人は自由を求めるが、それは見当違いの身の丈に合わない背伸びと言わんばかりだ…自然の本性に逆らっていると…

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Fellow

■ われらみな食人種(「われらみな食人種」所収 )
■ 狂牛病の教訓(「われらみな食人種」所収 )
著 クロード・レヴィ=ストロース
監訳 渡辺公三
訳 泉克典

人は人を食べたいとは思わないだろう…
同じ理由で食べたくない動物たちがいる…

人は同胞を食べない…コーラ・ダイアモンドが見ているのは剥き出しの直感的な感覚だ…しかしレヴィ=ストロースが示すのは人によるカニバリズムの実態…単に愚かな行為、野蛮な行為として切り捨てられるものではないと言う…その意味合いも多様だ…栄養源、弔い、報復、魔術…ただそれらは逆に”超えることの重さ”を暗に示しているように思える…動物も人も供儀を通して神に捧げられた…動物の犠牲にもカニバリズム的意味合いが含まれていた…

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La Pensée sauvage

神話的思考と科学的思考
(「われらみな食人種」所収 )
著 クロード・レヴィ=ストロース
監訳 渡辺公三
訳 泉克典

神話的思考と科学的思考…
前者は未開社会に、後者は文明社会に特徴的に見られるもの…
前者は「野生の思考」とも呼ばれている…

自分の視点で書くと…

思考そのものに主導的要素はない…
他の何かに主導権を握られている…
例えば神、権力、立場、欲望、損得、怨恨、気分などに依存している…
思考とは情報量、計算速度にもよるが、計算装置以上のものではない…
常に合理的なのが思考であり、しかし思考は答えを失っている…

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