教えて欲しい
どうしてフロイドやツェッペリンに夢中になったのか…
なぜ狂ったようにクリムゾンやボウイを聴いたのか…
あの時間は何だったのか…
僕は幼かったのか…
ゴダールは何を撮ったのか…
パゾリーニは何を撮ったのか…
フーコーは間違ってたのか…
クリシュナムルティは間違ってたのか…
バロウズは何を言いたかったのか…
ギンズバーグは何を言いたかったのか…
ジョン・レノンは死んだのか…
ルー・リードは死んだのか…
彼らはどこに行ったのか…
誰か教えて欲しい…
Tarr Béla
ジャームッシュが推していたので観たのが最初だった…
『ニーチェの馬』は強烈な体験だった…
https://tashkie.com/2017/09/04/a-torinoi-lo
昨年ラースローが賞を取り、過去の作品が注目を集めていた…
大晦日に『ヴェルクマイスター・ハーモニー』を観て年越しをしたばかりだった…
https://tashkie.com/2025/12/31/werckmeister-harmoniak
https://news.yahoo.co.jp/articles/d99f8d485221dcb06308408bf2538ddafdf4a2c9
Tarr Béla(1955-2026)
Mt.TAKAKUBI
人の生活と野生が接する場所には、相入れない不和を感じる…徐々に人気のない場所に入っていくときが、一番気持ちが落ち着かない…そこを過ぎると、なぜか晴れやかになって力が抜けていく…
2026
WERCKMEISTER HARMÓNIÁK
ヴェルクマイスター・ハーモニー(2000)
監督 タル・ベーラ
原作/脚本 クラスナホルカイ・ラースロー
人は種を取り、植物のコピーを作った…
分子構造に手を加え、プラスチックを作った…
オクターブを等分割し、自由に転調できるようにした…
恩恵の陰で何かが犠牲になっている…
無理をしている…
不和が生じる…
さらに恩恵と犠牲が上書きされる…
鈍くなる…
鎮まらない…
環らない…
MINAMIASO
第11回 南阿蘇カルデラトレイル – 50km(DNF)
昨年は雪だった…雪はこの大会の大きな魅力だ…早朝スタートで徐々に明るくなるのもいい…50kmにエントリーする理由の一つだ…トレイルが多いとはいえ、登山道をただ進むだけでは少々物足りない…やはり人の手の及ばない演出によって、感じるものが大きく違う……残念ながら今年は暑かった…調子の方も、風邪で一ヶ月近く練習できず、大会当日を迎えても気持ちを整えることができなかった…今回は30kmまでと決めてスタートラインに立った…
Lucy Bartholomew
(画像引用元)
自然を舞台とするアスリートに菜食者は多い…確かにきっかけは様々だが、その多くが、継続する中での洞察と発見を経て、新たな視野を手に入れているように思える…ルーシー・バーソロミューもそういうアスリートの一人だ…
Q:WHAT MOTIVATED YOU TO EXPLORE VEGANISM/PLANT-BASED LIVING?
Lucy:I would say curiosity led me down the path of veganism. It started with more of a feeling of challenge, to chase the health benefits that come from eating a more plant-based diet. What has kept me in the lifestyle is the learning and understanding I gain from listening and reading. It no longer is a challenge but more about taking pride in the choices I make that not only affect my body but also the environment and the animals
Q:ヴィーガン/植物性中心の生活を探求しようと思ったきっかけは何ですか?
ルーシー:好奇心が私をヴィーガニズムの道へと導いたと言えます。最初は挑戦的な気持ちから始まり、より植物性中心の食事から得られる健康効果を追い求めたのです。このライフスタイルを続ける原動力は、耳を傾け、読書を通じて得られる学びと理解です。もはや挑戦ではなく、自分の選択が身体だけでなく環境や動物にも影響を与えることに誇りを持つことへと変わりました。
Le Diable probablement
たぶん悪魔が(1977)
監督 ロベール・ブレッソン
誰もが解決しようとする…
しかし国家も宗教も技術も恋愛も役に立たない…
それでは何も変わらない…
加害者は誰なのか…
鈍感であることは、日々を過ごすテクニックだ…
彼は為そうとしない…
彼は社会に消されたのだろう…
幸福と無知
私たちは幸せになりたいと願っている…
あるいは平穏に暮らせればと願っている…
それが最低限の慎ましい願いと思っているかもしれない…
しかしそれは富や力によって支えられている…
私たちは食べられることを受け入れない…
動物の抵抗とは違う…
私たちの抵抗は「逸れ」ている…
私たちの幸せは、奪うことで成り立っている…
奪うことなしに富や力は得られない…
奪うとはつまり環りにくくなるということ…
逸れる(歪む)ということ…
意識や思考が始まったとき、
切り取り、写し、抽出という対象化が始まる…
「世界」と同時に「私」が始まる…
本来ひとつのものがバーチャルへ移行する…
バーチャルとは、
答えの不在であり、
作り物であり、
暇と退屈であり…
想像界であり…
ニヒリズムであり…
空であり…
私たちは解決を試みる…
制限と達成を作り出す…
損得、優劣が始まる…
欲望という病気が始まる…
道徳という偽装が始まる…
進化、進歩、獲得、成功、成就、勝利、完成…
私たちはそれらに正解を見るようになる…
正解は奪うことで成立している…
必ず負の部分、犠牲を伴っている…
負の部分は目の前から消えているかもしれない…
それらがまた現れるのは、ずっと遠くかもしれない…
それらはゴミや格差や争いや差別や病気やストレスやクマ被害となって現れる…
それらもバーチャルなものではあるが…
何かが起こっている…
私たちは気づかない…
Claude Lévi-Strauss
(画像引用元)
野生の思考とは、神や自然への恐れや敬意を失っていない思考のことだと思っている…サルトルの示した人間とは、西洋人であり、神が死んだ後の科学的思考による人間だった…サルトルの言う「自由」はよく理解できる…それは「答えを失くした」ことと同義だと思うから…ただそれを、政治参加を含め、個人の道徳の話に昇華させるような論調には強い違和感しかない…サルトルは神の死後もまだ人間(西洋=科学的思考)を信じていた…レヴィ=ストロースはそういうサルトルを戒めたのではないだろうか…以下はレヴィ=ストロースの菜食に関する言葉…
In the 1980s, he discussed why he became vegetarian in pieces published in Italian daily newspaper La Repubblica and other publications anthologized in the posthumous book Nous sommes tous des cannibales (2013):
A day will come when the thought that to feed themselves, men of the past raised and massacred living beings and complacently exposed their shredded flesh in displays shall no doubt inspire the same repulsion as that of the travelers of the 16th and 17th century facing cannibal meals of savage American primitives in America, Oceania, Asia or Africa
1980年代、彼はイタリアの日刊紙『ラ・レプッブリカ』やその他の出版物に連載した記事で、菜食主義者になった理由について論じている。これらの記事は死後出版された『我々は皆、人食いである』(2013年)に収録されている:
やがて来るであろうその日には、自らの糧を得るために、過去の人間が生き物を飼育し虐殺し、その引き裂かれた肉を平然と陳列していたという考えは、16世紀や17世紀の旅行者たちがアメリカ、オセアニア、アジア、アフリカの野蛮なアメリカ先住民の食人族の食事を目の当たりにした時と同じ嫌悪感を、間違いなく呼び起こすだろう。




