STRANGER

ジム ジャームッシュ インタビューズ
編 ルドヴィグ・ヘルツベリ
訳 三浦 哲哉

■ There is no paradise
Harlen Jacobson/1984

■ “East European director”
Peter Belsito/1985

タイトルの意味が少しずつ見えてくる…
Stranger in Paradise を捩っているらしい…

「…僕はさかさまに書くんだ。つまり、語るべきストーリーがまずあってそのうえで肉付けしていくというのではなくて、まず最初にディテールを集めて、その後、パズルみたいにストーリーを組み立てていく。主題、ある種のムード、それからキャタクターはあっても、直線的に進むプロットはない。…プロットありきという考え方にはぞっとするんだよ。プロセスにこそなにかがあると考えていたほうがエキサイティングだ。僕の方からストーリーを定式化するというより、ストーリー自身が自分のことを僕に話し始めてくれるんだ。」(p32)

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Eating Animals

イーティング・アニマル(2009)
著 ジョナサン・サフラン・フォア
訳 黒川 由美

我が町にも食肉加工場はある…
検査機関も併設されている…
平日は数百メートル先まで豚の鳴き声が聞こえる…
革製品を扱う工場もある…海外からの注文も多い…
工場は原発や米軍基地のようなものだ…
住民の生活を支えている…

動物の犠牲に関わるものを今すぐすべて否定することはできない…
社会全体が少しずつ別の選択をするよう願うだけだ…
おそらく正解とは頭の中の出来事に過ぎないのだろうし…
何にしろ穏やかな気持ちでいたい…
人同士の軋轢も、動物の犠牲もないのが理想だ…

人は「食事をする」動物だと著者は言う…
さらに言うなら「食べ物を作る」唯一の動物だろう…
自然界に「食べ物」は存在しない…
食べる行為があるだけだ…

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Ein Bericht für eine Akademie

ある学会報告(1917)
著 フランツ・カフカ
訳 池内 紀編

ペーターは「出口」を求めていた…それは文明社会への「入り口」でもあり、順応、適応を意味している…さらにペーターは「出口」が「自由」と同義ではないことを強調する…人は自由を求めるが、それは見当違いの身の丈に合わない背伸びと言わんばかりだ…自然の本性に逆らっていると…

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Fellow

■ われらみな食人種(「われらみな食人種」所収 )
■ 狂牛病の教訓(「われらみな食人種」所収 )
著 クロード・レヴィ=ストロース
監訳 渡辺公三
訳 泉克典

人は人を食べたいとは思わないだろう…
同じ理由で食べたくない動物たちがいる…

人は同胞を食べない…コーラ・ダイアモンドが見ているのは剥き出しの直感的な感覚だ…しかしレヴィ=ストロースが示すのは人によるカニバリズムの実態…単に愚かな行為、野蛮な行為として切り捨てられるものではないと言う…その意味合いも多様だ…栄養源、弔い、報復、魔術…ただそれらは逆に”超えることの重さ”を暗に示しているように思える…動物も人も供儀を通して神に捧げられた…動物の犠牲にもカニバリズム的意味合いが含まれていた…

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La Pensée sauvage

神話的思考と科学的思考
(「われらみな食人種」所収 )
著 クロード・レヴィ=ストロース
監訳 渡辺公三
訳 泉克典

神話的思考と科学的思考…
前者は未開社会に、後者は文明社会に特徴的に見られるもの…
前者は「野生の思考」とも呼ばれている…

自分の視点で書くと…

思考そのものに主導的要素はない…
他の何かに主導権を握られている…
例えば神、権力、立場、欲望、損得、怨恨、気分などに依存している…
思考とは情報量、計算速度にもよるが、計算装置以上のものではない…
常に合理的なのが思考であり、しかし思考は答えを失っている…

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SPINOZA

スピノザの哲学は隅々まで仏教なのだと感じる…これほど酷似していれば違いよりも大筋の方に配慮すべきではないだろうか…共通する言葉や理屈を追いかける必要もないし、スピノザとか仏教とかも忘れて…

■ 汎神論/無神論

神とは、すなわち自然のこと…人の形をしてたり、この世を作った存在ではない…すべては一つ…別に神でもいいしそうでなくてもいい…世界、自然、宇宙、真理、実体…全部同じこと…ただ「世界」は「私」と対の言葉として馴染むし、「自然」は森や海を連想してしまう…使い分けるならとりあえず「実際」とか「一切」でもいい…

水は水として生じかつ滅する…
しかし実体としては生ずることも滅することもない…

仏教の言葉ではなくスピノザの言葉だ…
人も同じように実体として生まれることも消えることもない…

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เรื่องรัก น้อยนิด มหาศาล

地球で最後のふたり(2003)
監督 ペンエーグ・ラッタナルアーン

本も役に立たないが、映画も役に立たない…
レースに参加するのも役に立たない…
ただ、救われるのだと思う…
旅に出て、何か新鮮なものを感じる…
つまらなかったものが、少し意味を持ち出す…

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Fanny och Alexander

ファニーとアレクサンデル(1982)
監督 イングマール・ベルイマン

アルマの寛容さはありなのか…
かと思えば主教の厳格さ…
よく観察すると、こういう?がいたるところに出てくる…

悪人がいるわけではない…
繋ぐものや引き裂くものがあるわけでもない…
そういう役割を演じてしまうものがあるだけ…

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Venice

Venice(2004)
Fennesz

少々浮いた感じのノイズ…
まとまりに欠けたバランス…
最初そんな風にも聴こえるが次第に馴染んでくる…
そのうちクセになる…

偶然なのか計算なのか…
あまり作り込まずに、うまく拾えているというか…

自然の音をサンプリングしなくとも…
身近にあるノイズも自然音なのかな…とも思う…
加工とか意志とか、そういうベクトルに必ず寄り添っている何か…

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The Other Shore

般若心経(2018)
著 ティク・ナット・ハン
訳 馬籠久美子

哲学とは深い洞察によって編まれた概念による構築物…
言葉のルールの中にあるのだと思う…

仏教の拘りはあくまでも「実際」なので、あえて矛盾した話もあれば例え話も多い…
通常の理解を超えた話も多く「実際」は如何様にも語れてしまう…
しかし仏教は哲学が言いたいことを言葉にしているのかもしれない…
仏教は作品ではない…
教義であり実践…

仏教は理性を警戒している…
とはいえ理性を超えて超合理的でもある…

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