Salò o le 120 giornate di Sodoma

ソドムの市(1975)
監督 ピエル・パオロ・パゾリーニ

倫理観とはその社会が要求し
こころの中に育つ何かだと思っている
様々な社会のあり方によって変わる

誰もが共感する倫理はその社会にとって大きな力だ
社会はそれによって維持される

どんな社会も完璧ではない
納得できないなら
勇気を持つことも必要だろう
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BLOW-UP

欲望(1966)
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ

VELVET に断られ THE WHO にも断られてのヤードバーズ
ペイジとベックが揃ってるのは一瞬なので逆に貴重な映像になった
ギターを壊すのはタウンジェントの方がうまかっただろう
壊れたネックが捨てられるシーンを見たときは思わず拾いたくなった…
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La Chinoise

中国女(1967)
監督 J.L.ゴダール

マルクス=レーニンこそ目指すべき姿であり
逸れたスターリン、フルチショフを批判
マオイスムに託す
毛沢東語録にはきっと立派なことが書かれてるのだろう
立派なひとは何故か大勢ヒトを殺す
ゴダールやサルトルも染まっているらしい
日本にも赤い過激な人たちがいた
自分にはさっぱり分からない
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THE NAKED LUNCH

裸のランチ
著 W.バロウズ
訳 鮎川 信夫

途中フォールドイン(読む技法)したくなる気持ちを抑えての完読
序盤読むのがつらかった
買ってから30年寝かしたのも無理ない
なぜか最後は感傷的にENOの「AN ENDING」が脳内で流れた
CRIMSONの「Sartori in Tangier」ではなかった
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TEOREMA

TEOREMA
監督 ピエル・パオロ・パゾリーニ

失語症が続いたが
とうとう目を開いたまま全身硬直してしまった

古い記録ビデオ風というかホームビデオ風というか
手ぶれ感が異様な緊張感を作っている
セリフはほぼ無い
部屋に物も無い
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Pierrot Le Fou

気狂いピエロ
監督 J-L.ゴダール

ネジの取れた幼稚さ未熟さが作る狂気退廃
撃たれる瞬間は撮らない…結果が無造作に写角に入る
誰が話しているのかわからない…あとで分かる
ドラマチックではあるが大げさではない
理屈っぽいが説明じみてない
コミカルでチープでそれが重さを際立たせる
すべてが唐突に淡々と…
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