Krupicka

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「BORN TO RUN」と「走ることについて語る時に僕の語ること」は市民ランナーの聖書らしい…トレイル界ではクルピチカの影響も大きいようで、大きな波は去ったのかもしれないけど、よく観察するとあちこちにその余波を感じる…以下はクルピチカの言葉…いくつかの翻訳を参考に拙訳…

原文を下記より抜粋
https://www.runnersworld.com/advanced/a20802190/tarzan-of-the-plains/

“And I love how I can run up and into a mountain cirque or over a pass and be completely dwarfed and humbled by the sheer immensity and grandiosity of the landscape and I love flying down the other side with the breeze in my hair and the gravel in my shoes and the burning in my quads and the branches in my face and then when I’m finally all worn out there’s nothing like peeling my shoes off and just sitting. Just being at rest. Running sharpens the focus on life and intensifies the emotions. Is there any better reason to do anything?”

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Democracy

There never was a West: or, democracy emerges from the spaces in between
DAVID GRAEBER

■ 第1章 「西洋的伝統」という概念の一貫性のなさについて

ハンチントンの考察は、文明が交差するところにある分かち難いものの原因を探る試みだ…確かに欧米と中東や中国などは反りが合わないように見える…ハンチントンは民主主義を西洋のものと定義し、他文明には馴染まないものとしている…グレーバーはハンチントンの分析を例にその前提を丁寧に否定することで民主主義西洋起源説に揺さぶりをかける…

文明はふたつの伝統に分けて考えることができるとグレーバーは言う…ひとつは文学的・哲学的伝統、もうひとつは地理的あるいは生活に根差した伝統…このうちハンチントンは前者による定義付けに縛られているとグレーバーは分析している…つまり書物や思想による伝統が文明を形成しているのであって、ハビトゥスの影響は無いに等しいと(地理や生活に根差す伝統は一貫したものというより、極めて多様な姿を見せる…)…

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Democracy

There never was a West: or, democracy emerges from the spaces in between
DAVID GRAEBER

■ 序論

民主主義という言葉に共通する唯一の要素は、少数エリート層の関心事だった政治的諸問題が、構成員全員に開かれたものとなっている意識だとグレーバーは言う…それはあまりにも道徳的負荷を帯びているため、この言葉を使う論者は必然的に何らかの思惑を抱いているものらしい…グレーバーは自身の思惑(主張)をこの序論で五つに要約している…

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Bataille

 軍事秩序

資源に見合い均衡が保たれていた蕩尽は、やがて人身供儀に至り、それは富の超過を示すと同時に供儀そのものを非難し始める…軍事秩序はその不満に終止符を打ち、諸力の合理的利用と権力の絶えない増大を計る…軍事秩序は内部の暴力性を外部に向け服従させる…軍事秩序は派手な戦闘とは正反対のものであり、力が濫費されるとしても、より大きな力を獲得する目的に限られた…掠奪した奴隷は祭礼で虐殺するのではなく、労働へと編成された…

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Hockney

David Hockney
That’s the Way I See it

☘︎「この機械がどのように絵を複写するかが分かったので、それに合わせて絵をかいた…」(p11)
☘︎「コピーとは翻訳であり…そのひとつひとつが微妙に違っている…」(p12)

例えばクラシックの演奏などはわかりやすい翻訳…しかし現代アートの多くはコピーによってオリジナルそのものが量産されていると考えるべきかもしれない…例えばCDや配信で聴くデータとしての音楽…オリジナルがコピーを前提としている…コピー技術が作るオリジナル…それを逆手にとったのがウォーホル等のポップアートだった…

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COSTELLO

THE LIVES OF ANIMALS
J. M. Coetzee
The Poets and the Animals

リルケは彪を描写することで、そこに自分の姿を見ているコステロが対置させるテッド・ヒューズの詩は残念ながら参照できていないが、コステロによるとヒューズは旧石器時代の猟師が見ていた目で動物(ここではジャガー)を見ているらしいラスコーの壁画を描いた彼らの眼のことだろうヒューズの詩はバタイユの言う「供儀」に近いものなのかもしれないヒューズは現代において失われたその原始性を賛美し、抽象的(西洋的)思考を否定する

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COSTELLO

THE LIVES OF ANIMALS
J. M. Coetzee
The Philosophers and the Animals

コステロはクッツェーの分身なのだと思う
何かを欠いた分身何かに特化した分身
クッツェーはある意味ずるい

ノーマが言うようにコステロの話はまとまりに欠ける
しかしおそらくそれには理由がある
コステロは理性を警戒している

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Cora Diamond

Animal Rights: Current Debates and New Directions
Cora Diamond
Eating Meat and Eating People

バタイユの動物性(或いは内在性)という概念に倣うと、動物同士が食べて食べられることはそこに優劣があるわけではなく死さえ悲しむことではない動物が殺されたり食べられたりすることが問題になるのは、人間との関係においてのみ人間だけは食べるものを選択している

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Bataille

供儀、祝祭および聖なる世界の諸原則

供犠の原理は破壊であり、生贄によって破壊したいと願うのはただ「事物」のみである供犠は物=客体を従属関係へと縛り付けている現実的な絆を破壊するつまり生贄を有用性の世界から気まぐれの世界へ引き戻す

人間は現実を基礎付けている諸価値を破壊することと、受け入れることを同時に行うことはできない内在的な内奧性へと回帰することは、当然の帰結として意識が朦朧と曇ることを含んでいる意識とは客体があるところに位置付けられている

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