うちの猫の場合、
エリアに侵入する猫は完全敵視だが、人は漏れなくウェルカムだ
デリダによると歓待とは無条件の歓待らしく、名前も聞かないことらしい
珍しく「本来」的な定義から始めてる…
純粋/自然/本来を警戒するタイプかと思いきや…
現実的には無理だろう…むしろ歓待される方は条件付の方が助かるのではないか…ルールの中に入れてもらった方が楽だろう
Continue reading “Hospitalité”
うちの猫の場合、
エリアに侵入する猫は完全敵視だが、人は漏れなくウェルカムだ
デリダによると歓待とは無条件の歓待らしく、名前も聞かないことらしい
珍しく「本来」的な定義から始めてる…
純粋/自然/本来を警戒するタイプかと思いきや…
現実的には無理だろう…むしろ歓待される方は条件付の方が助かるのではないか…ルールの中に入れてもらった方が楽だろう
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ジェンダーとは…
生物学的な性に対して、社会的文化的な性
表面的な男性らしさ女性らしさという解説もあり、つまり服装や言葉使いや身のこなしということになるが、内面的な性同一性のことを意味することもある
生物学的な性差(男性、女性)
心理的な性同一性(男性、女性)…ジェンダーアイデンティティ
求愛の対象…(ヘテロ、ホモ、バイ)
Continue reading “GENDER”
人の自然な走法はベアフットランニングだろう
足底筋や足首関節は、自然のクッション機能を持っている
裸足でジャンプしたら前足部で着地するはずだ
四足動物や鳥のカカトは地面に触れることすらない
短距離選手は前足部で着地している
しかし長距離となると、ほとんどのランナーが踵着地になる
クッションを効かせたシューズが踵着地を可能にしている
身体に備わったクッションではなく、シューズのクッションが長距離走破を可能にしている
いま、自然な走法が見直されている…
人の本来の食性は果食だろう…果物や木の実を食べていた
人の身体構造は肉食ではなかったことを物語っている
咀嚼を可能にする歯や顎…
弱い胃酸や長い腸…
しかし人間は生きるために肉食を選択した
それに見合った進化もしているのかもしれない
ただ幸い食性に大きな変化はなかったようだ
いま、人は本来の食性に見合った食生活が可能だ
動物たちとの共存の仕方も考え直す必要があるのではないか…
Continue reading “Supplément”
西洋思想は同一性を警戒している
形而上学、ロゴス中心主義、音声中心主義を避けたいからだ
「差延」「差異と反復」という言葉は「コマ送り」を連想させる
他との差異だけではなく時間的にも差異化する様子が窺える
しかし難しく考えなくとも「変化」と言えばいいことではないか…
言葉の世界は違いの世界であり、興味や関心で編まれた世界だろう
同一に見えるということは、観察者にとって極めてゆっくり変化していることを意味している
観察者の興味関心の範囲において同一に見えているに過ぎない
Continue reading “Différance”
いかなるものも在っていい
トランス脂肪酸
大麻
覚せい剤
放射性廃棄物
プラスティックが不純物に見えるのは人間だけだろう
放射能の脅威を知っているのも人間だけだ
地球は特に困ってはいない
地球に生物が住めなくなっても大したことではない
なるようになるだけだ
Continue reading “PURE / NATURAL”
人は何となく「変化しないもの」を想定してるものだ
変化しない源泉である「何か」が「現れ」る
人に見えるのはいつも流動的な「現れ」だけだ
「何か」は不動でなくてはならず、人はそれを知り得ない…
在るのか無いのかさえ語れない…
可聴域や可視光線の範囲内でしか見聞きできない
ある視点から見ることしかできない
仮に視点を増やしたり、中に入ろうが同じことだ
結局、世界がどうなっているかではなく、認識のあり方であって…
つまり分かるものと分からないものが前もってあるのではなく…
分かるということは世界を創ることと同じだということ
人には創ることしかできない
Continue reading “SOMETHING”
話し手は同時に聞き手であり、
聞き手は同時に話し手である
奏者は自らの演奏を聞いているし、聞き手も独自の理解で奏でている
パロール的なもの(言葉、音楽、舞踏、映像…)
記録媒体を伴わない記号
発信者から受信者にダイレクトに伝わる何かだ
その場の空気や光や回線等を介して伝わるものだ
ライブ演奏などの音楽も同じことではないだろうか
電話やテレビなどを介していても同じだろう
人間の感覚の範疇でほぼ同時であること
なかでも言葉においては主従関係が強い
なかでも音楽などの場合は共振要素が強い
Continue reading “Parole / Écriture”
物理学は「分かること」を「真理」と言うが、
哲学は「分からないこと」を「真理」と言いたがる
物理学は万人が共有できるものを扱っている
しかし哲学はいつも「持論」
物理学は探し当てるが、哲学は創り出す
物理学は以前より解明されているとしてもそれは相対的な進歩でしかない
常に進歩してるが、いつまで経っても以前からの進歩でしかない
その点は哲学も同じだろう
哲学の場合は堂々巡りを繰り返すこともあるのかもしれない
Continue reading “Φιλοσοφία”
<器官なき身体>
「壊れた本能」とは岸田秀氏の言葉だが、ほんとの意味は知らない…
しっくりくるので勝手に使ってる…
人間は非有機的な傾向を持っている
人間はどうすれば生きていけるのか知らない
必要なことも必要な分量も分からない
法や倫理や常識や普通などがなくては集団も維持できない
しかしこの傾向は道具や言葉の発明に繋がっているのかもしれない
そして動物や植物の世界とは別次元のスピードを持つ歴史を形成した…
その歴史がいいのか悪いのかはまた別の話として…
Continue reading “Deleuze”
「自然」には答えしかない
人が作る意味とか理由というものは無い
答えだけがある
人も「自然」の外にはいない
しかし人の頭の中は不自然な世界なのかもしれない
答えはなく、逆に意味や理由が作られる
言葉の世界とは答えのない世界
本能が壊れた人間は損得や倫理に頼らないといけない
もちろん答えはない
どの理屈を選ぶのか
どんな理屈を作るのか
Continue reading “ANSWER”