ベンヤミンの暴力論を自分なりに読み換えると…
◆自然法
おそらく狩猟採集時代の小さな集団では何らかの規則めいたもの、つまりしきたりとか慣習とかそういうものが自然に発生して集団の維持を可能にしていたのだと思う…「自然法」があるとすればそういうものではないだろうか…大きな集団での複雑に構築された「法」はすでに自然とはいえない…
◆自然な暴力(自然法的な暴力)
他種との生きるための対立がある…殺されないための抵抗であったり食べるための捕獲だったり…同種ではホッブズの言うようにはならないと思う…同種が暴力を使うのは所有などが意識されてからではないか…つまり「法」ができてからではないだろうか…同種の自然な暴力は喧嘩などに過ぎず原始的な状態でも現代社会でも通常は問題にはならないだろう…ただし一旦大きな社会が作られた状態から秩序が維持されない状態になったらホッブズの言う自然状態があらわれるかもしれない…
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