NISHIMERA

第7回西米良スカイトレイル – 38km(DNF)

とりあえず最終エイドまで進むことができた…スイーパーと一緒に進むことになり、エイドのスタッフも遅くまで付き合わせてしまったが、今回の走りには満足している…過去2回市房山を時間内に越えられずバスでゴールまで帰ってきた…どうしても先に進みたかった…5年かけて少し前進…最終エイド1時間オーバーだったけど…

レースは作品のようなものだそれぞれの想いで綴っているのだと思う…トレイルは自然を舞台にしている…これ以上の舞台はない…良い絵が描けたのだと思う

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je

競争/道徳/美食/エロ/有用性/ブランド/私…
野生にはそのすべてがない…

それらの萌芽は誰しも持っている…
おそらく動物にもあるのだろう…

知性が変異増長させている…
その影響は環境を共有する動物にも波及する…
例えば人間と生活をともにするペットや家畜…
彼らの適応は異常を招いている…
肥満もそのひとつ…

知性は感覚を騙し、自らも騙す…

欲望が最初にあるのではない…
生きるための装置があったに過ぎない…
歪みを持ち込むのは感覚を持たない知性…
知性は見ることも聞くこともできない…

操作は意識の中で切る作業から始まっている…
道具を作ることと同じ…
変形、加工は意識から始まる…
それは私の生成とともに始まる…
それは動力つまり身体の加工を促す…
欲が始まる…
恩恵と犠牲が始まる…
身体と環境の犠牲が始まる…
バーチャルが始まる…
答えの不在、歪み、力が始まる…

知性が主導権を握らないケースもあるのだろう…
おそらくインディアンはその例だった…
身体つまり感覚や感性が生きていた…
或いはより知的だったのかもしれない

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TALK

話すこと…
それは時代や環境と接点を持つこと…
バーチャルな世界と接点を持つこと…

連れていかれる…

一人で考えること…
それは少しだけ距離を置くこと…
少しだけ意味をほどくことができるのかもしれない…

それは書くこと、読むこと…

絶つこと…
それはありのままとの接点を持つこと…
意味が消滅した世界と接点をもつこと…

怖い? それとも…

話さずに生きることは難しい…
暴力を放棄することは難しい…
恩恵と犠牲の中で生きるしかない?

私たちには別の姿がある…
別の本性がある…
いつもその本性とともにいる…

だから走りたくなる…
だから動物を食べる気になれない…

また話す?
それで何が解決できる?

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路邊野餐

凱里ブルース(2015)
監督 畢贛(ビー・ガン)

詩的な世界が広がっている…
映画の面白さや可能性が堪能できる…

30分経ってタイトル…
画角の外から聞こえてくる音…
トンネルの中はまるで「ストーカー」…
「WEEKEND」を上回る長回し…

中国がどんな国なのか…
何が起こっているのか…
少しだけ垣間見れたような気がする

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大象席地而坐

象は静かに座っている(2018)
監督 胡波(フー・ボー)

負の連鎖が続く…
喜劇じゃないかと思うほど…
戦争や飢餓のような最悪の事態というわけではなく、
人社会のゴミのような部分が凝縮されている…
万人のすぐそばにあるもの…

手ブレ長回しときつめのフォーカス…
ワンシーンを違う視点から別カットで撮ったり…
日暮時の長回しで終わる頃は暗くなってたり…
印象的なシーンは多かった…

映画を観ると体に新しい血が流れるかのようだ…
何か救いのようなものを感じる…
芸術にはそういう癒し効果がある…
象を見に行くことも似ているのだろう…
逃げているわけではない…
そこに希望を見出しているわけでもない…

ただ、完成後監督は自ら命を絶ってしまった

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Lorenz

Die acht Todsünden der zivilisierten Menschheit
Konrad Lorenz

◼️3 人間どうしの競争

「正のフィードバックの特殊な事例は、同一種の個体がたがいに競争状態に入るときに生じる。そのような競争は淘汰を通じて種の進化に影響を及ぼす。種内淘汰は、種の外から環境要因によってひきおこされる淘汰とは違い、その種が生き残るチャンスを減らすばかりでなく、たいてい明らかに有害である遺伝子の変化を生じさせる。」(p35)

「人間と人間との競争は、今までにいかなる生物学的な要因もなさなかったこと、つまり、「永遠に活動し、有益な創造をなす力」にまっこうから対抗し、この力が生み出した価値を、価値に盲目な商業的思わく次第でどうにでも動く冷酷な悪魔のこぶしによって、ほとんどすべて破壊するということをやってのけるのである。」(p37)

「昔の飛行機よりちょっとだけ速く大西洋を飛び越える飛行機ができたとき、そのために必要になる滑走路の延長や離着陸の困難さ、またそれによって増大する危険、大きな騒音などにどのくらいの価格が見合っているのかと尋ねる者はいない。三十分を獲得することそれ自体が、だれの眼から見ても、いかなる犠牲にも値する価値と映るのである。」(p38)

知性の避けられない構造…暴力の構造…言い過ぎではない…自覚するには集中が必要かもしれない…集中というより論理的思考を捨てることだ…リンゴを見るとき、裏側や中身や生産地や生産者は見えない…それでも例えば無視できないほどの汚染には気付くのだろうが、しばらくするとSDG’sのような発想がでてくる…薬が効かなくなると新しい薬を求める…そういう解決の仕方しかできない…

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COURIR

何のために走るのか…
「何のために」から解放されたいから…

何が楽しいのか…
身体が喜ぶから…

身体とは何だろう…
それは「私」ではない…
自然と不可分のもの…

ランニングは「私」の麻痺だ…
「私」の緩和が身体を癒す…

心と身体という対比ではなく…
精神と肉体という対比でもない…
心、精神とは、身体のひとつの在り方ではないだろうか…

「私」と身体という対比が馴染む…
「私」との対話ではない…
「私」と向き合っているのでもない…
「私」を消そうとしている…

負荷が必要なのだろう…
「私」を壊すために…

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IMUTAIKE

iPhoneのSTRAVAが勝手に止まるのでSiriに再開するよう指示したらBEATLESのNorwegian Woodが流れて笑った…何繋がりなのか…

トレーニングで一周だけ走ってみた…レース時のようにテープがあるわけではないので、APPLEWATCHにナビアプリを入れてスタート…精度も高く安心して走れた…使ったアプリは「WorkOutDoors」…クラウンで拡大縮小もサクサクできて見やすい…アプリ使用で30時間ぐらい使えれば最高なのだけど…

自分の実力だと1周1時間半…2周3時間が精一杯かな…レースだと3周4時間半が制限時間だけどそれは限界超えそう…とにかく練習にはいいコース…西米良に向けて2周3時間を何回かトライしてみたい…腰痛次第だけど…

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Posted in RUN

VIE

知性を警戒している…

知性はバーチャルな世界を作り出す…
バーチャルは暴力を作り出す…

暴力とは恩恵のために犠牲に背を向けること…
あるいは犠牲に気づかないこと…
知性は常に恩恵に正解を見ている…

犠牲とは…
環境破壊、ゴミ、病気、ストレス…
争い、差別、貧困、そして動物の犠牲…
それらが恩恵を作っている…

バーチャルとは…
私、あなた、国家、お金、家族、ブランド、道徳…
「主体」と「対象」の中で意味が導く世界…
ありのままではないこと…

動物のそれとは違う…
人の「ありのまま」とも違う…

すべては自然の行為…
自然に無駄はなく、すべてが循環している…
しかしバーチャルとは歪んだ在り方…
そこに力が生じる…
意味による力…
私たちだけが受け取る力…
その力に翻弄される…

より便利に…
より刺激を…
より優位に…
バーチャルだから…
答えを失くしたから…

依存の形態…
鈍化、麻痺の形態…
無自覚、非感覚…
非充足、非循環、非律動…

自作自演の自滅行為…

知性は見ることができない…
聞くこともできない…

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MIZUKAMI

第6回 MIZUKAMI MOUNTAIN PARTY – 39km

トレイルの魅力が詰まったコース…民家を通ったり、テクニカルな下りを楽しむポイントもある…しかし昨夜は一睡もできなかった…ブロックもいつも通り打ってしまった…なぜ同じ過ちを繰り返すのか…仕方ないので、100マイルレースの終盤でも走るかのような(つまり過酷だけどゴール間近という)設定でスタート地点へ…ところが予想に反して今日の走りは良かった…なぜか眠らなくても走れてしまう…足の方も割と作れていたようだ…

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