獨立時代

エドワード・ヤンの恋愛時代(1994)
監督 エドワード・ヤン(楊德昌)

この夏、古い友人たちと会った…今となれば眩しい記憶が蘇る…懐かしさだけじゃなく歯痒さに似た感覚も湧いてきて、そういう気持ちになれたことが何故か嬉しかった…当時を振り返ると、許して欲しいと思うこともそれなりにある…そういうものだろう…大切な思い出だ…

エドワード・ヤンの映画を見ると、古い記憶が刺激される…急速に近代化する台湾には、ここ日本で若いとき感じていた時代の流れと同調するものがあるのかもしれない…ヤンの視線はいつも優しい…少し引いた距離感ですべてを写し出す…

散らかりすぎて頭の整理に時間がかかる上に、凝縮されすぎて気持ちの整理もできないまま終わりを迎えてしまった…とにかく忙しい映画だ…これが現代社会なのかもしれない…

お金や名誉というのは、結局満たしてくれない…法律や道徳(枠組みに関わるもの)も同じ類いのものだ…日常はつまらなさで溢れている…進歩、正解、勝利、美味(動機や成果に関わるもの)、いずれにしろ変わらない…私たちはそういう世界でしか生きられない…人はいつの間にか進んで勘違いするようになった…

勘違いに気づいてる感覚…
その感覚を大事にしたい…

Continue reading “獨立時代” →

MINAMIOGUNI/KUROKAWA

南小国 ・黒川トレイル – 20km

コース上にmore treesのモニュメントがあることを知ったのは偶然だった…more treesは創立者である教授(坂本龍一さん)が代表を務めていたが、亡き後は隈研吾さんが引き継いでいる…森林保全を掲げて様々な活動に取り組んでいて、小国町ではつい先日大規模な植林を終えたばかりだ…何も知らずにエントリーしたのだけど、ふと気になって調べたらコース上に古いモニュメントがあることにたどり着いた…
https://www.more-trees.org
https://www.more-trees.org/forests/project7/
モニュメントは確かにあった…でも少し残念に思えたことは否めない…まるで隠れてこっちを見ているかのようだった…草を掻き分けて近づくと、辛うじて文字を残したモニュメントが現れた…そこは教授が直に足を運んでセレモニーをやった場所だった…一般の人が訪れるような場所ではないようだし、放置されるのは仕方ないのかもしれない…逆にこの大会に参加しないと訪れることができないレアな聖地と考えることもできるのかな…震災のピアノと同じように自然に還ろうとしてるかのようだった…これでいいのかもしれない…

Continue reading “MINAMIOGUNI/KUROKAWA” →

THE DRAGON CAN’T DANCE

ドラゴンは踊れない(1979)
著 アール・ラヴレイス
訳 中村和恵

文明がまだ未熟だったころから、踊りや音楽はずっとその中心にあったのだろう…それらは例外なく土地に根ざしたものであり、他所からの影響を受けつつも土地固有のものとして受け継がれてきた…時が経ち現代の音楽やダンスは土地から切り離され、世界中の人が楽しめるものになっている…トリニダード・トバゴのカリプソやカーニバルは、歴史上最後の民族音楽、民族舞踏のひとつになるのかもしれない…スティールパンは最後に発明されたアコースティック楽器と言われている…

祝祭や伝統芸能は昔の意味合いを薄めてきている…今、祭りは形骸化するかすでに消滅した…おそらく最初は自然や神のようなものと上手くやっていくためのものだったのだろう…少しずつ意味合いは変化したとしても、概ねそれらは今の価値観からすると大掛かりな無駄とでも言えるようなものだった…今では必要なものだけが生き残る…それは競争社会が作る物差しによるものだ…本当に必要なものとは何だろうか…

オルハン・パムクの「雪」が重なった…オルドリックはKAR、フィッシュアイは紺青、ドラゴン或いはカーニバルはイスラム、仕事やスポンサーは西洋、そしてシルヴィアはイペッキ…もちろん全て一緒にする気はないが、大きな流れや構図は似てるのだと思う…おそらくこの構図は世界中がいま体験している進行形のものだ…遅かれ早かれ直面していることであり、ゆっくりじわじわと確実に進行している…人は今、問われているのだと思う…

Continue reading “THE DRAGON CAN’T DANCE” →

Ein Hungerkünstler

断食芸人(1922)
著 フランツ・カフカ
訳 池内 紀

Bartleby(1853)Herman Melville
The Panthe(1903)Rainer Maria Rilke

思い出すのはバートルビー…カフカが知らないことはないだろう…断食芸人は答えが無いことを体現しているのだと感じた…バートルビーにしろ、断食芸人にしろ、すべてを拒否し、最後は息絶える…対して豹は答えを持っている…しかしこの豹もしばらくすると答えを失うのかもしれない…

PAUL AUSTER

50歳を迎えようとするころ、本を読み出した…人生を悔いないよう何かを見直したかった…遅すぎる読書習慣のスタート…国語の授業が嫌いだった自分が読書とは…

最初は哲学や人類学の本が多かったと思う…小説といえば(奇妙だが)バロウズの「裸のランチ」を読んだな…かなり特殊な体験だった…コンスタントに小説を読むようになったきっかけはおそらくクッツェーだろう…文学に魔法のようなものを感じた…

オースター名義のデビュー作は強い印象を残している…柴田さんの訳もいいのだと思う…哲学は行き詰まるけど、文学は充たしてくれる…そんな気にさせてくれた本だった…

PAUL AUSTER(1947-2024)

Drinking Molotov Cocktails with Gandhi

モロトフ・カクテルをガンディーと(2015)
著 マーク・ボイル
訳 吉田奈緒子

テッド・カジンスキーを取り上げて著者を批判しようとは思わない(そもそもカジンスキーの評価には慎重になるべきだろう)…ただ、ほぼ賛同できる内容でありながら、どうしても埋められない溝を感じたのも事実…

注目したいのは「暴力」という言葉を使っていること…自分とほぼ同じ意味で「暴力」を使っている…ただそのルーツへの言及が抜けてるように思えた…ルーツは構成員それぞれの知性にあると思っている…社会の上から下へとかその逆とか、あるいは多から少へとかその逆とかは関係ない…どんな境遇の人であれその思考の中に暴力は潜んでいるのだと思う…そもそも社会を作っているのがその暴力ではないだろうか…ホッブズの自然状態が正しいと言っているのではなくて…もし正しいとするなら、それは構成員が知性への隷属状態にあることが条件だ…人は知性だけではない…本性は身体にある…違う選択もできるはず…

暴力を扱う思想家にしても知性の暴力を回避することはできない…ただ、思想家と呼べる人たちは知性を少なからず疑っているように思える…知性の暴力から逃れ、距離を保っているのではないだろうか…芸術家に備わるもののようにも感じられる…政治家や企業家にもそういう感性を持った人はいるのだろう…ただし彼らの主な任務は暴力を遂行すること…暴力とは知性に主導権を握られることで生まれる…知性の奴隷になることで…

Continue reading “Drinking Molotov Cocktails with Gandhi” →

フィッシュマンズ

(画像引用元)

フィッシュマンズ(2021)
監督 手嶋悠貴

今更ながら音と言葉が響いたから…
まっすぐ生きている人を見るのは気持ちいい…
逆に辛いのかな…

佐藤氏と同い年だ…
同じ時代を生きていた…

彼らのデビューは1987年…
自分がテープ録音とか芝居やってたときのこと…
大したことしてなかったけど…
ただ何となく自分とダブらせてしまった…
同じ時代や空気の中にいたのかな…
眠ってた何かが同期する…

すばらしくナイス…

Continue reading “フィッシュマンズ” →

รักที่ขอนแก่น

光りの墓(2015)
監督 アピチャッポン・ウィーラセタクン

眠っているのは兵士であり、かつての王の影響下にあるらしい…生と死、過去と現在、睡眠と覚醒…すべての境界が曖昧になっている…私たちの住む世界はそういうものなのかもしれない…私たちはバーチャルな世界を生きている…本物が別にあるわけではなく、そもそも認識とは勘違いみたいなものだ…

アピチャッポン監督の映像には独特の緩さがある…多分タルコフスキーのような時間の流れ方なのだろうけど、もっとユーモアがあり、特定の場所に辿り着こうともしない…常に違う位相/レイヤを残している…

タイは今年の総選挙において軍の政治介入にノーを突きつけた…しかし民主派の前進党は連立を作れず、タイ貢献党による親軍連立政権となった…

Continue reading “รักที่ขอนแก่น” →

INTO THE WILD

荒野へ(1996)
著 ジョン・クラカワー
訳 佐宗 鈴夫

一人の青年の死を追ったドキュメント…結末は最初に記されている…問題はその真意であり著者は丁寧に検証を試みている…青年マッカンドレスに共通するものを感じた…トルストイやソロー…同じ場所にたどり着いている…プラープダー・ユンがスピノザに倣おうとしたことを忘れたわけではないが…

Continue reading “INTO THE WILD” →

Alex Honnold

(画像引用元)

FREE SOLO(2018)
監督 Elizabeth Chai Vasarhelyi、Jimmy Chin
出演 Alex Honnold

いつ死んでもおかしくない…チャレンジして死ぬなら、それは理想の死に方なのかもしれない…オノルドは登ることで「生」を実感できると言っている…

オノルドは菜食者だ…長い車上生活をきっかけに菜食をするようになったらしい…食肉の環境負荷の高さへの言及も見られる…以下はオノルドが推薦する映画と本…いずれもココで取り上げている…
Game Changers
Cowspiracy
Eating Animals

低所得世帯への太陽光パネル支援も…
ソーラーパネルに問題がないわけではないが、低所得世帯への提供で救われる人がいるのは確かだ…
https://www.honnoldfoundation.org

Continue reading “Alex Honnold” →