Ein Hungerkünstler

断食芸人(1922)
著 フランツ・カフカ
訳 池内 紀

Bartleby(1853)Herman Melville
The Panthe(1903)Rainer Maria Rilke

思い出すのはバートルビー…カフカが知らないことはないだろう…断食芸人は答えが無いことを体現しているのだと感じた…バートルビーにしろ、断食芸人にしろ、すべてを拒否し、最後は息絶える…対して豹は答えを持っている…しかしこの豹もしばらくすると答えを失うのかもしれない…

PAUL AUSTER

50歳を迎えようとするころ、本を読み出した…人生を悔いないよう何かを見直したかった…遅すぎる読書習慣のスタート…国語の授業が嫌いだった自分が読書とは…

最初は哲学や人類学の本が多かったと思う…小説といえば(奇妙だが)バロウズの「裸のランチ」を読んだな…かなり特殊な体験だった…コンスタントに小説を読むようになったきっかけはおそらくクッツェーだろう…文学に魔法のようなものを感じた…

オースター名義のデビュー作は強い印象を残している…柴田さんの訳もいいのだと思う…哲学は行き詰まるけど、文学は充たしてくれる…そんな気にさせてくれた本だった…

PAUL AUSTER(1947-2024)

Drinking Molotov Cocktails with Gandhi

モロトフ・カクテルをガンディーと(2015)
著 マーク・ボイル
訳 吉田奈緒子

テッド・カジンスキーを取り上げて著者を批判しようとは思わない(そもそもカジンスキーの評価には慎重になるべきだろう)…ただ、ほぼ賛同できる内容でありながら、どうしても埋められない溝を感じたのも事実…

注目したいのは「暴力」という言葉を使っていること…自分とほぼ同じ意味で「暴力」を使っている…ただそのルーツへの言及が抜けてるように思えた…ルーツは構成員それぞれの知性にあると思っている…社会の上から下へとかその逆とか、あるいは多から少へとかその逆とかは関係ない…どんな境遇の人であれその思考の中に暴力は潜んでいるのだと思う…そもそも社会を作っているのがその暴力ではないだろうか…ホッブズの自然状態が正しいと言っているのではなくて…もし正しいとするなら、それは構成員が知性への隷属状態にあることが条件だ…人は知性だけではない…本性は身体にある…違う選択もできるはず…

暴力を扱う思想家にしても知性の暴力を回避することはできない…ただ、思想家と呼べる人たちは知性を少なからず疑っているように思える…知性の暴力から逃れ、距離を保っているのではないだろうか…芸術家に備わるもののようにも感じられる…政治家や企業家にもそういう感性を持った人はいるのだろう…ただし彼らの主な任務は暴力を遂行すること…暴力とは知性に主導権を握られることで生まれる…知性の奴隷になることで…

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フィッシュマンズ

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フィッシュマンズ(2021)
監督 手嶋悠貴

今更ながら音と言葉が響いたから…
まっすぐ生きている人を見るのは気持ちいい…
逆に辛いのかな…

佐藤氏と同い年だ…
同じ時代を生きていた…

彼らのデビューは1987年…
自分がテープ録音とか芝居やってたときのこと…
大したことしてなかったけど…
ただ何となく自分とダブらせてしまった…
同じ時代や空気の中にいたのかな…
眠ってた何かが同期する…

すばらしくナイス…

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รักที่ขอนแก่น

光りの墓(2015)
監督 アピチャッポン・ウィーラセタクン

眠っているのは兵士であり、かつての王の影響下にあるらしい…生と死、過去と現在、睡眠と覚醒…すべての境界が曖昧になっている…私たちの住む世界はそういうものなのかもしれない…私たちはバーチャルな世界を生きている…本物が別にあるわけではなく、そもそも認識とは勘違いみたいなものだ…

アピチャッポン監督の映像には独特の緩さがある…多分タルコフスキーのような時間の流れ方なのだろうけど、もっとユーモアがあり、特定の場所に辿り着こうともしない…常に違う位相/レイヤを残している…

タイは今年の総選挙において軍の政治介入にノーを突きつけた…しかし民主派の前進党は連立を作れず、タイ貢献党による親軍連立政権となった…

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INTO THE WILD

荒野へ(1996)
著 ジョン・クラカワー
訳 佐宗 鈴夫

一人の青年の死を追ったドキュメント…結末は最初に記されている…問題はその真意であり著者は丁寧に検証を試みている…青年マッカンドレスに共通するものを感じた…トルストイやソロー…同じ場所にたどり着いている…プラープダー・ユンがスピノザに倣おうとしたことを忘れたわけではないが…

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Alex Honnold

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FREE SOLO(2018)
監督 Elizabeth Chai Vasarhelyi、Jimmy Chin
出演 Alex Honnold

いつ死んでもおかしくない…チャレンジして死ぬなら、それは理想の死に方なのかもしれない…オノルドは登ることで「生」を実感できると言っている…

オノルドは菜食者だ…長い車上生活をきっかけに菜食をするようになったらしい…食肉の環境負荷の高さへの言及も見られる…以下はオノルドが推薦する映画と本…いずれもココで取り上げている…
Game Changers
Cowspiracy
Eating Animals

低所得世帯への太陽光パネル支援も…
ソーラーパネルに問題がないわけではないが、低所得世帯への提供で救われる人がいるのは確かだ…
https://www.honnoldfoundation.org

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フランドン農学校の豚

フランドン農学校の豚(1934)
著 宮沢賢治
画 nakaban

「個」を描いた物語なのだと思う…擬人化しているが、それは私たちが豚に感じることのできる「個」の姿…植物や菌などには感じることができないもの…代わりのないもの…

それは人だけが感じるものではなく、動物たちも持っている感覚ではないだろうか…つまり身体に属するもの…人に特有の「私」が感じているものではない…倫理とか道徳とかモラルの類ではない…

倫理、道徳、モラル…それらは自分や他者に課すこと或いは要求することだ…無償のものではない…損得が善悪を装ったもの…一定の集団が維持されるとき、構成員の中に育つもの…

否定ではない…
受け入れること…
そこから始めたい…
解決しようとか、そういう話ではない…
どう折り合いをつけたらいいのかという話…

私たちは、
100%加害者であり…
100%無実であり…
100%違う選択ができる…

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IN NEW YORK

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PERFORMANCE IN NEW YORK: async(2017)
監督 Stephen Nomura Schible

教授の作品にハズレはなかった…なかでも『async』は一際強い印象を残している…闘病生活を経て制作されたアルバムだった…深化した音が聴ける…

当時の貴重なライブ映像…スタジオ録音を再現した音に教授が生ピアノやノイズを重ねている…

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路邊野餐

凱里ブルース(2015)
監督 畢贛(ビー・ガン)

詩的な世界が広がっている…
映画の面白さや可能性が堪能できる…

30分経ってタイトル…
画角の外から聞こえてくる音…
トンネルの中はまるで「ストーカー」…
「WEEKEND」を上回る長回し…

中国がどんな国なのか…
何が起こっているのか…
少しだけ垣間見れたような気がする

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