COSTELLO

THE LIVES OF ANIMALS
J. M. Coetzee
The Philosophers and the Animals

コステロはクッツェーの分身なのだと思う
何かを欠いた分身何かに特化した分身
クッツェーはある意味ずるい

ノーマが言うようにコステロの話はまとまりに欠ける
しかしおそらくそれには理由がある
コステロは理性を警戒している

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Cora Diamond

Animal Rights: Current Debates and New Directions
Cora Diamond
Eating Meat and Eating People

バタイユの動物性(或いは内在性)という概念に倣うと、動物同士が食べて食べられることはそこに優劣があるわけではなく死さえ悲しむことではない動物が殺されたり食べられたりすることが問題になるのは、人間との関係においてのみ人間だけは食べるものを選択している

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Speciesism

ピーターシンガーは動物の権利を主張する
その根拠となる客観的事実は存在するのだろうか
その権利は権利として機能するだろうか

自然権めんどくさい概念
生きるために殺す必要があれば殺すし食べる必要があれば食べる
必要なければ何もしない(ここが大事なのだが)…
それだけのこと

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Bataille

供儀、祝祭および聖なる世界の諸原則

供犠の原理は破壊であり、生贄によって破壊したいと願うのはただ「事物」のみである供犠は物=客体を従属関係へと縛り付けている現実的な絆を破壊するつまり生贄を有用性の世界から気まぐれの世界へ引き戻す

人間は現実を基礎付けている諸価値を破壊することと、受け入れることを同時に行うことはできない内在的な内奧性へと回帰することは、当然の帰結として意識が朦朧と曇ることを含んでいる意識とは客体があるところに位置付けられている

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Солярис

バタイユの「それ自体に価値がある」という言葉が紛らわしい
「それ」は切ることで姿を現す
切られることで(切られるから)他との間に関係が現れる
意味や価値や目的や理由は常に不自然なヴィジョンに過ぎない
実際は「それ」も「価値」も作り物
「それ自体に価値がある」とは「切ることさえできない充足」と考えたい
水の中の水とはそういうものだろう

道具は周囲のものとの関連性に乏しい
異質なものであり、進化や淘汰などの結果ではない
人間との従属関係の中で突如出現したものだ
しかしどんなものであれ、すべては水の中の水に変わりはない

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Bataille

人間性と俗なる世界の形成

道具は水が水の中にある世界のうちに外部性を導き入れるそれは連続性における中断であり、<物=客体>をそれとして位置付ける道具の出現によって、その目的は有用性の面の上に与えられ、それはもはや<真の目的=究極>ではない

人間は<物=客体>を定置することによって現れた面の上に、本来認識しえない連続性の中の諸要素を少なくとも外見上は明晰に位置付けることが可能になるそれは自分自身を外から一個の他者として統覚することをも意味する

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Bataille

『宗教の理論』に沿ってバタイユを辿ってみる

 動物性

動物性とは直接=無媒介=即時性であり、内在性である内在性としてあるということは、同類を食べるということある動物が他の動物を食べるそこには対立や区別や優劣があるわけではない区別には客体の定置が必要だ動物は世界の内に、水が水の中にあるように存在している

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À propos de récits d’habitants d’Hiroshima

ヒロシマの人々の物語
著 ジョルジュ・バタイユ
訳 酒井 健

政治家や軍隊や法に携わる人たちはある意味国家に隷従している
国民全体が国家の奴隷になることもある
その国家とはもともと存在しない
ハラリの言う虚構…

国家は善悪よりも損得を優先する
福祉もその例外ではない

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