差別とは社会的な物差しが生み出すものだろう…
社会の中で語りうるもの…
性別、人種、LGBT…
そこに動物の入る余地はあるだろうか…
動物に社会性は求められていない…
同列には並びえない…
だから権利云々ではない…
人社会に巻き込まれない権利なら唯一ありかもしれないが…
社会性ではなく、もっと単純な地点に降りたい…
生物という物差しすらない地点…
おそらく何も測れない場所…
理性が及ばない場所…
ピーター・シンガーは種差別を掲げて非難する…
動物にも権利があると言う…
本当だろうか…
社会的物差しで測れるものだろうか…
人間ですら、測りきれない部分を持っている…
何も所有せず、名前も持たない部分…
動物側ではなく、菜食者の権利なのだろうか…
男性と同等の…
白人と同等の…
異性愛者と同等の…
というように…
すべてではないが菜食者は肉食者との共存を望んでいない…
デリダが言うように菜食とは肉食に抗する意味合いが強い…
肉食あるいは雑食あっての菜食なのだと…
しかしこれは逆転することもありうるのではないか…
肉食は歴史が偶然導いたものにすぎない…
元々の話をするならヒトは果食動物だった…
おそらく菜食者の多くは菜食という言葉を意識しない世の中を望んでいる…
同等の権利を望んでいるのではない…
一神教的な振る舞い…
神なき一神教…
測定不可能なものには何の力もない…
無償といえるかもしれない…
それはだからモラルにもなりえない…
権利でもモラルでもない…
実践であり、願いであり、提案であり…
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