動物のいのち
著 J.M.クッツェー
翻訳 森 祐希子 尾関周二
やはり「エルビス」をもじってるのだろうか…その辺の遊びはよく分からないのだけど、とりあえずエリザベス・コステロのふたつの講義だけ読んで…
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https://hitkeas.com/2019/08/06/costello/
https://hitkeas.com/2019/08/12/costello-2/
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動物のいのち
著 J.M.クッツェー
翻訳 森 祐希子 尾関周二
やはり「エルビス」をもじってるのだろうか…その辺の遊びはよく分からないのだけど、とりあえずエリザベス・コステロのふたつの講義だけ読んで…
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https://hitkeas.com/2019/08/06/costello/
https://hitkeas.com/2019/08/12/costello-2/
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THE LIVES OF ANIMALS
J. M. Coetzee
The Poets and the Animals
リルケは彪を描写することで、そこに自分の姿を見ている…コステロが対置させるテッド・ヒューズの詩は残念ながら参照できていないが、コステロによるとヒューズは旧石器時代の猟師が見ていた目で動物(ここではジャガー)を見ているらしい…ラスコーの壁画を描いた彼らの眼のことだろう…ヒューズの詩はバタイユの言う「供儀」に近いものなのかもしれない…ヒューズは現代において失われたその原始性を賛美し、抽象的(西洋的)思考を否定する…
ガリバー旅行記 第4話 フウイヌム渡航記
著 ジョナサン・スウィフト
翻訳 山田 蘭
巨大なガリヴァーのイメージしかなかったのだけど…
第4章(島を出るまで)を読んでみると…
ヤフーとは「YAHOO」らしく、語源らしい…
私たちはヤフーだった…
フウイヌムの社会はアナキストが描く理想社会のようにも映る…
代表者会議はあっても法律のない社会…
ただ優生学の片鱗が見え隠れする…
THE LIVES OF ANIMALS
J. M. Coetzee
The Philosophers and the Animals
コステロはクッツェーの分身なのだと思う…
何かを欠いた分身…何かに特化した分身…
クッツェーはある意味ずるい…
ノーマが言うようにコステロの話はまとまりに欠ける…
しかしおそらくそれには理由がある…
コステロは理性を警戒している…
第7回 霧島・えびの高原エクストリームトレイル – 37km
自分にとってはトレイル最長走破となった…
なにより怪我なくスタートできたし怪我しなかった(翌日左足に痛みが出たが…)…
結果は制限時間を15分オーバーしてしまったが内容は満足…
完走証はないが、ゼッケンは回収されずに済んだ…
Animal Rights: Current Debates and New Directions
Cora Diamond
Eating Meat and Eating People
バタイユの動物性(或いは内在性)という概念に倣うと、動物同士が食べて食べられることはそこに優劣があるわけではなく死さえ悲しむことではない…動物が殺されたり食べられたりすることが問題になるのは、人間との関係においてのみ…人間だけは食べるものを選択している…
ピーターシンガーは動物の権利を主張する…
その根拠となる客観的事実は存在するのだろうか…
その権利は権利として機能するだろうか…
自然権…めんどくさい概念…
生きるために殺す必要があれば殺すし食べる必要があれば食べる…
必要なければ何もしない(ここが大事なのだが)…
それだけのこと…
✢ 供儀、祝祭および聖なる世界の諸原則
供犠の原理は破壊であり、生贄によって破壊したいと願うのはただ「事物」のみである…供犠は物=客体を従属関係へと縛り付けている現実的な絆を破壊する…つまり生贄を有用性の世界から気まぐれの世界へ引き戻す…
人間は現実を基礎付けている諸価値を破壊することと、受け入れることを同時に行うことはできない…内在的な内奧性へと回帰することは、当然の帰結として意識が朦朧と曇ることを含んでいる…意識とは客体があるところに位置付けられている…