ウィトゲンシュタイン、最初の一歩
著 中村 昇
*本の内容に限らず自分の考えを綴ろうと思う…
■ 1 哲学というのは、独特の感覚が出発点です
■ 2 私は世界だ
私という肉体がこの世に生まれた日(少なくとも自分で外気を吸い始めた日)ははっきりしている…しかし記憶を伴った「私」という存在はおそらくぼんやり始まったはずだ…「私」と「世界」はセットだ…「世界」は「私」とともに始まり「私」とともに消える…動物にも「私」があるように見えるがそれは本能に依るもので恐らく「私」は不在なのだろう(例えばイルカやボノボには「私」の萌芽みたいなものがあるのかもしれないが)…動物は自然であり、自然には答えしかない…理由や原因はない…理由を作る(見る)のは「私」であり「私」は「世界」を作る代わりに答えを失った…理性や思考は答えを失った状態に寄り添っているものだ…答えのある状態に理性や思考はない…「私」と「世界」の出現と「答え」の消失は人類最初の恩恵と犠牲なのだと思う…「私」のそばにはいつも「死」がある…「生」と「死」は別物なのではなく、同じものの別の側面だ…「私」とは一種の勘違いみたいなものだ…
バタイユの言葉…
死はこの世がまやかしであることを暴露する…
突如として現実世界が嘘であることを告げる…
(「宗教の理論」より)



