荒野へ(1996)
著 ジョン・クラカワー
訳 佐宗 鈴夫
一人の青年の死を追ったドキュメント…結末は最初に記されている…問題はその真意であり著者は丁寧に検証を試みている…青年マッカンドレスに共通するものを感じた…トルストイやソロー…同じ場所にたどり着いている…プラープダー・ユンがスピノザに倣おうとしたことを忘れたわけではないが…
荒野へ(1996)
著 ジョン・クラカワー
訳 佐宗 鈴夫
一人の青年の死を追ったドキュメント…結末は最初に記されている…問題はその真意であり著者は丁寧に検証を試みている…青年マッカンドレスに共通するものを感じた…トルストイやソロー…同じ場所にたどり着いている…プラープダー・ユンがスピノザに倣おうとしたことを忘れたわけではないが…
デカルトに倣って精神と肉体の二元論で考えてみよう…すると肉体はまるで無表情であるかのように思えてくる…悲しんだり楽しむのは精神の振る舞いなのだと…自分には精神と肉体は不可分であるように思える…むしろ悲しみ喜ぶのは肉体ではないのか…精神とは身体に属する何かであり、心とか魂も同じ括りの何かだ…それらとは違うもの、つまり身体とは違う別の何かがある…知性(とりあえずそう呼ぶ)は見たり聞いたり悲しんだり喜んだりはしない…無表情だ…それはバーチャルなものを生産する装置…
知性は「私」とともにある…それは身体に備わる自己ではない…身体は常に周囲と引き合っている…「私」は引き裂く…「私」は「死」とともにある…「死」とはバーチャルの属性…「私」が消えるとき「死」も離れていく…
巷では瞑想とかマインドフルネスが流行っているようで、安っぽさに拍車がかかっている…Thích Nhất Hạnh が google 本社で伝えたかったこと、それは本意とは違う方向に向かっているように思えてならない…
心を無にすると言う…そうだろうか? 無にするのは「私」ではないだろうか…おそらく裸の心は完全なのだと思う…「私」が目隠しをしている…閉じ込めている…
Die acht Todsünden der zivilisierten Menschheit
Konrad Lorenz
◼️4 感性の衰滅
「…シュルツェの言うところでは、汗をかき、疲れ切って指を傷だらけにして、筋肉をいためて極めがたい山の頂上に達したとき、すぐにまだもっと大きな登はんの苦労と危険を克服せねばという期待を胸に抱けば、こうしたことはすべておそらく享楽ではなくて考えられるかぎりの最大の喜びである。享楽ではおそらく、厳しい労働という形の不快を代価として支払わないでも手にいれられるが、すばらしい神のたまもの、喜びは、それなしには得られない。今日たえず増大しつつある不快に対する不寛容性は、人生の自然の起伏を人工的にならされた平原に変える。それは大きな波の山と谷を目立たぬ振動に変え、光と影を単調な灰色にしてしまう。要するにそれは、死のような倦怠をうみだすのである。」(p51-52)
身体が喜ぶのだと思う…
負荷を必要としている…
バーチャルを振り切るために…
文明が作り出すベクトルの中に喜びは見出せない…
(画像引用元)
FREE SOLO(2018)
監督 Elizabeth Chai Vasarhelyi、Jimmy Chin
出演 Alex Honnold
いつ死んでもおかしくない…チャレンジして死ぬなら、それは理想の死に方なのかもしれない…オノルドは登ることで「生」を実感できると言っている…
オノルドは菜食者だ…長い車上生活をきっかけに菜食をするようになったらしい…食肉の環境負荷の高さへの言及も見られる…以下はオノルドが推薦する映画と本…いずれもココで取り上げている…
Game Changers
Cowspiracy
Eating Animals
低所得世帯への太陽光パネル支援も…
ソーラーパネルに問題がないわけではないが、低所得世帯への提供で救われる人がいるのは確かだ…
https://www.honnoldfoundation.org
フランドン農学校の豚(1934)
著 宮沢賢治
画 nakaban
「個」を描いた物語なのだと思う…擬人化しているが、それは私たちが豚に感じることのできる「個」の姿…植物や菌などには感じることができないもの…代わりのないもの…
それは人だけが感じるものではなく、動物たちも持っている感覚ではないだろうか…つまり身体に属するもの…人に特有の「私」が感じているものではない…倫理とか道徳とかモラルの類ではない…
倫理、道徳、モラル…それらは自分や他者に課すこと或いは要求することだ…無償のものではない…損得が善悪を装ったもの…一定の集団が維持されるとき、構成員の中に育つもの…
否定ではない…
受け入れること…
そこから始めたい…
解決しようとか、そういう話ではない…
どう折り合いをつけたらいいのかという話…
私たちは、
100%加害者であり…
100%無実であり…
100%違う選択ができる…
Palestinian Lives Matter Too: Jewish Scholar Judith Butler Condemns Israel’s “Genocide” in Gaza
身体はおそらく知らない…
ガザで何が起こっているのか…
屠殺場で何が起こっているのか…
だから都合よく振る舞える…
暴力…
ふと身体に届くこともある…
そのとき考えたい…
その機会を逃してほしくない…
気づいて欲しい…
1948年当時のハンナ・アレントの言葉…
「イスラエルがユダヤ人の主権というものに基づいて建国されたことはひどい間違いだ。数十年にわたる軍事的対立を引き起こすに違いない。」
9.11が甦る…
(画像引用元)
PERFORMANCE IN NEW YORK: async(2017)
監督 Stephen Nomura Schible
教授の作品にハズレはなかった…なかでも『async』は一際強い印象を残している…闘病生活を経て制作されたアルバムだった…深化した音が聴ける…
当時の貴重なライブ映像…スタジオ録音を再現した音に教授が生ピアノやノイズを重ねている…
なぜ奪い合わないといけないのか…
なぜ奪うために働くのか…
野生に意味は存在しない…
意味=バーチャルは存在しない…
エネルギー、食料は存在しない…
石炭=燃料は意味が作っている…
果物=食料も意味が作っている…
食べられるために生まれる動物もいない…
生態ピラミッド…
縦は異種、横は同種になっている…
私たちは横で競い奪い合う…
ホッブズの自然状態…
それは築かれた文明が突然消えたときの状態だ…
そこには富があった…
グローバル化は椅子取りゲームの椅子を増やす…
しかし椅子は必ず足りない…
ずっと遠くに新たな犠牲が生まれる…
野生にあるのは富ではない…
それは生と呼ぶべきだろう…
富は奪うことで生まれる…
地球、人、動物から奪うことで生まれる…
身体の反応…
気づき始めている…
違和感/徒労感/嫌悪感…
そして恐怖…
バーチャル…
力の世界…
答えの不在が力を作っている…
意味で作られている…
現実と呼ばれている…
身体も地球も侵食を受ける…
私がいる…
あなたがいる…
物を加工する…
概念、イメージで見る…
建物に住む…
車に乗る…
国家に従う…
お金がないと生きれない…
道徳に振り回される…
考える…
信じる…
正解や間違いがある…
否定や肯定がある…
不都合や不快が無視できなくなる…
それでも気づかない…
また繰り返す…
身体の深層は求めている…
意味ではなく答えを…