食べ食べられることも、助け合うことも、何れも同じことなのだろう…抵抗や悲しみや苦しみもバランスを取るためのもの…バランスとはいえ、それは自然が選択しているだけであって、理由とか役割はあとから発明されているに過ぎない…進化論と同じ…
種も倫理も権利もない…
答えだけがある…
それは野性であり私たちの身体…
心も魂も身体であり答えであり…
植物を食べるのは(私が)穏やかでいられるから…
動物を食べないのは(私が)苦しみたくないから…
悲しい、怖い、汚い、臭い、それが自然ではないだろうか…人は動物を食べたいとは思っていない…もし食べたいのなら、それは経験によって作られたものだ…「食べもの」によるもの…
「代わりのない個」は人や人に近い動物に備わる特性だろう…肉食動物も草食動物も感じている…何らかの役割を見ずにはいられない…そこには答えがある…私たちは「代わりのない個」が消失するとき「死」を感じる…特に私たち人にとって「死」は耐えがたい…
幸いと言うべきか植物には個を感じない…
だから「死」を感じない…
それも答えだ…
人間中心でもなければ、動物中心でもない…
植物を特別扱いするわけでもない…
すべては等価だと言える…
在るものすべては等価だ…
ひとつだ…
では等価でないものとは…
切り取られたもの…
存在しないもの…
バーチャルなもの…
人は答えを失っている…
だから種や倫理や権利が生まれた…
人の知性は身体を無視してバーチャルを生産する…
見えない場所も見えると勘違いしている…
私やあなたが居ると勘違いしている…
お金や国家があると勘違いしている…
だからガザの悲鳴が届かない…
屠殺場の悲鳴が届かない…
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