ウィトゲンシュタイン、最初の一歩
著 中村 昇
*本の内容に限らず自分の考えを綴ろうと思う…
■ 10 言語ゲーム
■ 11 家族のような類似
■ 12 言葉の意味
■ 13 私だけの言葉
■ 14 文法による間違い
■ 15 本物の持続
■ 16 ライオンがしゃべる
はじめに信号があった…
言葉を伴うことで虚構が始まる…
言葉はどこにあるのか…
話すこと、聞くこと、書くこと、読むこと…
会話、SNS、手紙、挨拶…独り言も自分との会話だ…
思考によって始まり、終わる…
理性はあらゆるものを定置する…
理性の相棒である言語も定置する…
言語は虚構として在る…
国家やお金と同じだろう…
虚構(言語、国家、お金…)の共有はどうやって可能になるのだろう…
意味や概念ではなく、使用あるいはルールによるゲーム…
人が言語という虚構を共有する過程には言語ゲームがあるのかもしれない…
言語ゲームは他の信号と不可分にある…
記憶を含めたすべての信号によるもの…
言葉とはそこから抽出されたものだろう…
写真のように撮られたもの…
現場にあるのは素材と言語ゲームだ…
言語はダイナミックで常に変化しているらしい…
それはただ言語が虚構として在るということではないだろうか…
何事も定置することはできない…
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大勢の前で話すのが苦手だ…経験とか性格とか別にしても、その構造には特徴がある…まず誰と話しているのか分からない…話し方や話す内容は相手に依ると思うのだけど、その相手がぼんやりしてると何を話して良いのか分からなくなる…相手が聞き手に徹することも話しにくさにつながっている…相手が黙っている会話は難しい…会話とは同じステージに上がるから話せるようになるのだと思う…大勢の前で話すことはそこが破綻している…SNSなどのグループ投稿にも同じものを感じる…