There never was a West: or, democracy emerges from the spaces in between
DAVID GRAEBER
■ 第1章 「西洋的伝統」という概念の一貫性のなさについて
ハンチントンの考察は、文明が交差するところにある分かち難いものの原因を探る試みだ…確かに欧米と中東や中国などは反りが合わないように見える…ハンチントンは民主主義を西洋のものと定義し、他文明には馴染まないものとしている…グレーバーはハンチントンの分析を例にその前提を丁寧に否定することで民主主義西洋起源説に揺さぶりをかける…
文明はふたつの伝統に分けて考えることができるとグレーバーは言う…ひとつは文学的・哲学的伝統、もうひとつは地理的あるいは生活に根差した伝統…このうちハンチントンは前者による定義付けに縛られているとグレーバーは分析している…つまり書物や思想による伝統が文明を形成しているのであって、ハビトゥスの影響は無いに等しいと(地理や生活に根差す伝統は一貫したものというより、極めて多様な姿を見せる…)…
ハンチントンはとにかく西洋という括りに拘る…つまり西洋あるいは欧米(西欧と北米)を一括りにすることから始める…これがグレーバーの言う「前提」だ…ハンチントンに限らずこれまでの文明論は、誰もが共有している前提を疑うものが皆無だとグレーバーは言う…「西洋」という何らかの実体が存在するという前提に誰も挑戦していないと…
ハンチントンは読書による伝統を重視しているようだが、それによって世界は宗教による区分でそれぞれの伝統を語ることが容易になる…しかしなぜか西洋だけは宗教改革後、地理に根差した分析へとすり替えられる…影響を与え続ける書物によって分けるのならどの伝統も一貫性と呼べそうなものを持つのであろうし、逆に地理や生活によって分けるのならどの伝統も複雑な多様性を示すのが自然だろう…ハンチントンは西洋に拘るあまり、その他との間に分析方法を変え「違い」を作った…その結果西洋だけは「多元的」として特徴付けられる…そして古代ギリシャ由来の民主主義の後継者も西洋ということにしてしまった…
ハンチントンの考察もよく分かる話ではあるのだけど…グレーバーはとにかく「西洋」という括りは民主主義を引き受けるだけの明確な受け皿ではないと分析している…さらに「民主主義」そのものもギリシャ由来の特別なものではないという考察へと進む…