『宗教の理論』に沿ってバタイユを辿ってみる…
✢ 動物性
動物性とは直接=無媒介=即時性であり、内在性である…内在性としてあるということは、同類を食べるということ…ある動物が他の動物を食べる…そこには対立や区別や優劣があるわけではない…区別には客体の定置が必要だ…動物は世界の内に、水が水の中にあるように存在している
動物性と内在性は同一の概念ではないように思える…内在性とは原子や分子などを極とした完全な「個=私」の喪失状態と考えられる…そこから鉱物→植物→動物と人に近づくに従い内在性は薄くなり「個=私」が形成され、独立した命あるものとして認識される…独立はしているけれども他の動植物を食べることに対し区別や対立や優劣の無い依存状態を「動物性」とするなら、それらをひとつにすることで「内在性=動物性」という括りが見えてくる…「個=私」を持たず、あるいは持っても同類依存している情況…
人間だけは食べる対象を客体として区別している…
必然から解かれ、選んでいる…
リルケ『ドゥイノの悲歌』第8の悲歌より断片をいくつか…
開かれた社会/バタイユの言う「水の中に水がある」世界…
反対の方向/閉じる作用、限りを作る作用、形を与える作用を伴って…
罠/人間の眼差し…
動物の面持ち/開かれた世界を暗示する動物の無垢な眼差し…