ཏཱ་ལའི་བླ་མ་

仏教は神の存在を認めていない
仏教は神の存在を認めていない幸福や真実は学び修行することによって自分で見つけないといけない仏教は神に誓い従うこととは無縁ある意味信仰とも呼べないのかもしれないこのへんの敢えて退けるところには潔さを感じるそれでも気になるのはやはり修行や説教の存在であり、実際多くの信者がいること…通常の勉学にはない主従関係…信者は盲目的に頼り過ぎてはいないか自分で考えることを怠ってはいないか哲学や科学における授業とか講義なのかもしれないが、それにしても依存体質を感じる自由を奪われた囚人といえば言い過ぎなのだが…宗教全般に言えること…

幸せだと思うことの多くが外部からの刺激によるもの
欲望を満たすものは常に外部にあり、満たされるとしても一瞬に過ぎない欲望はさらに求める肉体的なもの以外にも物欲や心的優位性なども含まれるのだろうブランド、お金、ギャンブル、地位や名誉、勝利、知識欲ほどほど(可能として)なら問題ないと思っているそれ自体が目的になり依存性を示すとき問題になるのだろう欲望そのものが悪だとは思わないし欲望に任せて生きるのも悪くないただ、それが苦しみとか悲しみを招くのなら避けたいと思う…あくまでも自分の苦しみや悲しみ…他者の苦しみや悲しみは自分の苦しみや悲しみと連動している…

他人への「愛」「慈悲」「利他的な考え」を取り入れる
人を信頼し正直に生き、他人への思いやりや優しさを人間関係の基本とするそうすれば渇きや争いから解放され、心が平穏になる自分にも理解できるしかし利他的に生きるというよりは自分の正直な気持ちに忠実になるということではないかと思うつまり逆に自己満足を徹底すべきなのだと言葉は違っても同じことと理解しているそして「愛」は生物に備わる相互扶助を可能にしている何かなのだろう

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