例えば地球温暖化は温室効果ガスのせいとかそうでないとか、ヨーグルトは体にイイとか悪いとか…この手の話は得てして水掛け論になりがちだ…データを証拠にこれこそ真実だと言わんばかりで、立派な学者同士でも話が噛み合わない…私たち素人は自分に都合のいい結果だけを探し出し、一般化されるころには自分が間違っていたとしてもその過去を当然のように忘れる…都合が良すぎる?…薄っぺらい消費社会にも通じる…「長生きできる」とか「痩せる」とか…いつの時代も誤解は日常化しているものではあるけど、私たち素人はもっと慎重になるべきなのだろう…
データは証明書ではなく手がかりなのかもしれない…
その先にあるアイデアや哲学にこそ価値がある…
動物性食品を避けているのは、あくまでも倫理的な或いは感覚的な理由…ただし結果的に健康を維持できていて、それが菜食を可能にしている…健康は「理由」ではないが「条件」だと言える…理論や学説も菜食の後押しにはなってる…それらの魅力はその先に見え隠れするものにこそある…そこは自分の創造の領域だ…そこには何らかの力学=流れがあるように感じられる…流れがあるということは、無理がないということ…滞っているということは、そこにゴミや病気や貧困や暴力があるということ…