◾️ 第9章 国境を開くことで富は増大する
西側世界の発展途上国に対する過去50年間の支援総額は5兆ドルになる…その支援は役に立っているのか…エスターデュフロは開発支援を瀉血に例えた…開発支援に科学的根拠は全くなかった…
紀元前7世紀、バビロンに捕らえられたエルサレムのダニエルは美酒美食の振舞いを断り、戒律を守るために水と野菜だけの食事を要求する…試した結果10日後も健康であったことにより戒律は守られることになった…この記録は史上最古の比較試験であり、史上最高のベストセラー「聖書」に収められた…現代ではこの試験を「無作為化比較対照試験(RCT)」と言う…海外支援へのRCTがようやく導入されたのは1998年だろう…ケニアの小学生に無料で教科書を配布し、成績が向上するか試験した…結果は何の効果もなし…以来開発支援には試験による客観的評価が追求されるようになる…RCTはモデルを作らず人間を気まぐれな生き物と見ている…そしてこのアプローチが出す証拠は直感に反するものが多い…この証拠は哲学者や経済学者には予想できなかっただろう…
しかし途上国にどのように民主主義を構築するか、あるいは国が栄えるには何が必要かといった大きな問題に対してRCTは無力だ…全世界の貧困を一掃できる方法はないのか…多くの研究はひとつの方法を導き出している…「開かれた国境」…
第一次世界大戦以前、パスポートを発行する国は遅れた国と見做されていた…しかし大戦が始まり、突如国境は封鎖された…今日、グローバリゼーションの時代に母国外で暮らす人は世界人口のわずか3%に過ぎない…世界はモノや株式や情報に対しては広く開かれているが人間に限っては閉じている…
既存の制限(関税等)を撤廃するよりも労働の国境を開く方が富は1000倍に増えるという…その額65兆ドル…国境は世界の歴史のすべてにおいて、差別をもたらす唯一最大の原因だ…アメリカの貧困層は世界の裕福な14%に属している…19世紀における不平等とは依然として「階級」の問題だったが、今日それは「場所」の問題となった…21世紀に生まれたエリートとは望ましい家や階級に生まれた人ではなく、望ましい「国」に生まれた人のこと…この現代のエリートは自分たちがいかに幸運かほとんど気付いていない…
移民にまつわる誤解を解こう…まず移民が犯罪を犯すわけではない…どの民族であれ貧しさが犯罪の大きな要因になっている…移民が仕事を奪うというのも嘘だ…むしろ労働力の増加は雇用機会を増やす…そして開かれた国境は移民の帰還を促す…1960年代、アメリカとメキシコの国境が開かれていたころ、国境を超えたメキシコ人の85%が帰国した…しかし警備が強化された今日は7%しか帰国しない…移住は貧困と闘う強力なツールだ…大方の人は数世代遡れば移民にたどり着く…そしてアメリカは移民が作った国…
◾️ 第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます
信者に訪れた他の惑星からのメッセージ…彼らは大洪水に備え、仕事を辞め、所有物を売り、配偶者と別れた…果たして迎えの円盤はやってくるのか…予定の時間が過ぎ、ほどなくして地球は救われたと知らされる…嘲笑している場合ではない…この現象は誰にでも起こる…信じていることと現実が対立するとき、人は世界観を修正することなく現実の方を再調整する…今日わたしたちは自説に都合のいい情報をいくらでも集めることができる社会に生きている…
2008年リーマン・ブラザーズが破産を申し立てた…続く数ヶ月間、自由市場は次から次へと崩壊し炎上した…新自由主義を唱えたハイエクとフリードマンはこの金融危機の張本人かもしれない…しかし彼らから学ぶことは多い…1947年ハイエクを発起人とする「モンペルラン・ソサエティ」は、当時優勢だった社会主義に対して自由主義復興の準備を始める…この会合にはフリードマンも参加していた…ふたりが牽引したアイデア、それは常に市場の自由化…新自由主義はオイルショックの混乱以降、勢いを増す…さらにその思想はサッチャーとレーガンに引き継がれる…50年前は過激な傍流とされた新自由主義というアイデアが世界を支配していた…
今日、新自由主義は新たなアイデアへと続く道を封鎖している…リーマンショックの危機に対して、誰も道を示すことができなかった…今日の問題は、言論の自由と言いながら何も語らず、連携の自由と言いながらどこにも所属せず、宗教の自由と言いながら何も信じないということ…「進歩とは、ユートピアが次々に形になっていくこと」とオスカーワイルドは記した…アイデアはどれほど途方のないものであっても、世界を変えてきたしこれからも変えていくはず…私たちは新しいユートピアを切り開くべき時を迎えている…
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政治哲学の世界では生政治という言葉が幅を利かしている…人の生を管理する社会のことだ…それは生の囲い込みと排除を意味している…国境の開放は難しいように見える…ただ、理論を超えた試験や実践も注視すべきだ…系譜学はそこから生まれるようなものだろうから…
肉を食べなくても生きていける…実際やってみての結論だ…とはいえそれが世の中の結論にはならないだろう…なにしろ信じていれば地球も救えるわけだから…ただいつかは…
[…] https://hitkeas.com/2018/12/28/utopia-6/ […]