■ 日本 1/2
ヨーロッパに於いてはキリスト教の博愛精神が貧困者に対する救貧活動に発展した経緯があった…しかし日本に於いては仏教の「慈悲」や儒教の「仁政」の精神が重視されながらも具体的な福祉活動に至ることはなかった…唯一1643年の江戸幕府による「五人組活動」があるが、社会保障と呼ぶにはまだ十分なものではなかった…
1866年 薩長同盟
1867年 明治政府発足
1874年 恤救規則 日本初の救貧法(1929年の救護法へ)
1875年 恩給制度 軍人/公務員への年金制度や死傷手当
1894年 日清戦争 〜1895年
1904年 日露戦争 〜1905年
1912年 大正天皇即位
1914年 第1次世界大戦 〜1918年
1922年 健康保険法(ブルーカラー労働者) 日本初の社会保険法
1926年 昭和天皇即位
1929年 救護法(1946年の生活保護法へ)
1931年 労働災害補償
1937年 日中戦争 〜1945年
1938年 国民健康保険(農民/自営業者)
1939年 職員健康保険(ホワイトカラー労働者)/船員保険
1939年 第2次世界大戦 〜1945年(日本は1941年真珠湾攻撃より参戦)
1941年 労働者年金保険法(3年後に厚生年金保険へ)
1944年 厚生年金保険
1946年 生活保護法
1947年 失業保険法
▶︎恤救規則
現在の生活保護にあたる…対象者は高齢者/障害者/子供などに限定されていた…まず家族などの共同体で支援することが条件であり、家族で助け合う伝統は日本で長いあいだ実践されていた…
▶︎健康保険
日本で最初の社会保険は健康保険法であり、主に工場などの労働者(ブルーカラー)が対象だった…特筆すべきは二頭立てであったこと…保険料の支払い能力や離職率などを勘案しふたつに分けられた…今日まで引き継がれている…
・組合健康保険(従業員300人以上、企業独自、現「組合健保」)
・政府管掌保険(従業員300人未満、政府一括管理、現「協会けんぽ」)
続いて国民健康保険、職員健康保険、船員保険制度が相次いで施行され、完全ではなかったがほぼ国民皆保険が達成された…船員保険には医療以外に老齢年金や死亡手当金が導入され、のちの全労働者への年金保険導入のきっかけとなる…
▶︎年金保険
労働者年金保険法は案の提出から短期で成立した…年金制度は複雑であるのも関わらず…早い創設は戦費調達が理由との見方が強い…実際戦時中に蓄積された積立金は戦費に消えた…ただし被用者健康保険が2頭立てであったのに対して、年金保険は企業の規模を超えて一律化され今日まで引き継がれている…
▶︎失業保険
第1次世界大戦後から失業問題は深刻化していたにも関わらず、すぐには国会成立には至らなかった…大企業ではすでに解雇手当や退職手当が導入されていて同様の機能を有しているとして経営側に反対されたからだ…しかし多くの中小企業においては依然無策であった…失業保険制度の導入は第2次世界大戦後まで待たねばならなかった…
▶︎後藤新平(1857-1929)
二十歳で医師となり内務省勤務へ経てドイツ留学…帰国後は内務大臣など数多くの重役を歴任…後藤は明治時代に恤救制度と健康保険制度を作ろうとしていた…結局実現することはなかったが、明治時代に構想されていたことは特筆に値する…
▶︎武藤山治(1867-1934)
慶應大卒業後に3年間アメリカ留学…帰国後は三井銀行を経て鐘紡に入社…経営に携わるようになり企業内保険制度を導入する…武藤は国家による社会保険法に反対していた…
▶︎小河滋次郎(1864-1925)
東京帝京大学出身の官僚でありドイツ留学もしている…大阪府知事顧問となり大阪の貧困問題に取り組んだ…1918年に「方面委員制度」を作り貧困者の実態調査を行う…この制度は全国に広がりその後の救貧法制定につながった…
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戦争をはじめとする見える歴史の背後で、地味ではあるが社会保障制度の構築も急ピッチに進められた様子がうかがえる…その経緯は今の生活にも割と生々しい痕跡として残っている