社会保障は大きく3つに分かれる
1 貧困(生活保護)
2 保険(失業、医療、介護、死亡、年金)
3 育成(育児、教育、訓練)
福祉の歴史はイギリスにおける貧困対策から始まったと考えられている…
■ イギリス 1 / 2
1010年 救貧制度の始まり
1601年 旧救貧法(エリザベス救貧法)制定
1795年 スピーナムランド制導入
1834年 新救貧法制定
(1880年 ビスマルクによる社会保険制度ープロイセン)
1942年 ベヴァリッジ報告
▶︎旧救貧法
1 教区ごとに徴税、労働無能力者の救済
2 労働能力者は強制を含めて就労させる
3 労働無能力者の家族には扶養義務あり
ワークハウスによる劣等処遇原則(被救恤者は最下級独立労働者以上の処遇を受けてはならない)の徹底…貧困の罠の回避
▶︎スピーナムランド制
食糧危機、インフレの進行に伴い、貧困者が増加…人数がワークハウスでの許容範囲を超える…世帯ごとに生活必要経費を算出し、不足額を賃金支給する…財源は地主への土地保有税であり地主階級に対しては厳しい制度…逆に工場経営者を支援し、産業革命を後押し…最低賃金法と生活保護制度の萌芽と考えられる
▶︎救貧法批判(マルサス、リカード)
経済学者からの批判…公的扶助によって人は怠惰になる…マルサスによれば貧困者の生活が安定すれば出生率増加=人口増加を招き、食料の供給が困難になるという…リカードは財源となる貧困者以外の人々の所得を低下させない対策が必要だとした
▶︎新救貧法
産業革命の最中、マルサスやリカードの批判を受け、新法ではスピーナムランド制が廃止された…労働者にとっては後退といえる…また、これまで地方の教区に任されていた救済行政が中央集権化することとなった
新救貧法制定以降の19世紀は、産業革命による繁栄とは対照的に労働条件の悪化や失業は無視できない状況となっていた…社会主義思想が台頭し、労働組合を中心とした労働運動も高まりを見せる…救貧法は次第に効力を失う…
▶︎ホブソンの経済思想
失業の原因を、短期の景気循環ではなく、国民の過少消費説に求めた…ケインズの有効需要理論、ベヴァリッッジ報告、ニューリベラリズムの元となる…
▶︎ギルド/労働組合
中世からのギルドが崩壊することで労働組合が組織された…ギルドには会員からの拠出金を財源とする相互支援制度があり、労働組合に引き継がれた可能性は否定できない…救貧法という公的扶助とは別の社会保障の流れ…
▶︎王立委員会(1905-1909)
政府は失業や貧困の解決に向けての審議を王立委員会に委託…資本家階級を代弁する「多数派」と、フェビアン協会を中心とした「少数派」に分かれた…今日のニューリベラリズムvsリバタリアニズムの構図
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社会保障の始まりは貧困対策…乳幼児の死亡率が高く、長く生きて40歳〜50歳の時代…おそらく「老後」という概念もなく、医師/医療による公的救済も考えられない時代に始まった…きっかけは慈悲だったかもしれないが、大きな社会になればなるほど善悪は損得に負けてしまう…
果ては曖昧なエリアで…ぶつかり合う国境もなく所有もなく…それぞれが拡大しようとしない世界…そんな社会だったら…