ジャズの歴史

ジャズの歴史
著 相倉久人

北米と中南米では事情が違う…いずれもヨーロッパ人の進出があり、先住民がいて、黒人奴隷がアフリカからやってきた…北米は植民国家であり、中南米は制服国家…実は制服国家の方が現地の文化に対して寛容だった…少数の支配者による統治には現地文化の理解が必須であり、そこへ黒人文化が流入することになる…逆に植民国家の場合は多くのヨーロッパ人が定住することで白人文化が定着し現地文化や黒人文化は抑制された…中南米ではサンバ、レゲエなど、明るい音楽も多いのに対して、北米はブルーズという少し暗い音楽からスタートすることになる…

ニューオリンズの黒人たちはフランス語や英語を通じて日常化した言語、つまりクレオール語を話した…人間の基礎的な音感は「しゃべり言葉」を通じてインプリントされる傾向があり、クレオール語は新しい音楽、ブルーズの基盤になった…異文化の衝突から生まれたクレオール文化…肉声をそのまま楽器にのせたような奏法の「フリージャズ」や、複雑化したコード進行の束縛から自由になろうとする「モード」は、ジャズが潜在的に持っているものの現れと解釈できる

人種差別に悩まされることなく、ジャズを暖かく迎え入れてくれたのは本国アメリカではなくフランスだった…二十年代からレコードを通じてヨーロッパとの繋がりを持っていたが、戦後を迎え、ジャズメンはパリを訪れるようになる…「死刑台のエレベーター」は映画音楽の新しい可能性を示した…やがて北欧や東欧を中心にジャズは世界へと広がりを見せる…