Arendt

The Human Condition

議会制民主主義とはいえ、ごく少数の代表者により決定が行われ、その間国民は労働と消費に忙しい
アレントは古代ギリシアのポリスと現代社会を比較しながら、大衆のあり方を描写している

◆人の営みと領域

労働/レーバー/プライベート
生命維持のために必要な行為…その成果は消滅する
アテナイでは家庭内の私的な閉じた領域での行為
主人への服従が求められ、暴力と命令が行使される

仕事/ワーク/ソーシャル
生命を超えて存続する作品を作る…世界の構築
アテナイでは経済活動に従事する領域…独立した領域の確立はなかった

活動/アクション/パブリック
直接的な他者との交流…公的な領域の生成…「私」の獲得
アテナイにおいて公共的な領域であり、政治的領域である
暴力ではなく、言葉によって決定される
活動によって人は相互に「現れ」る
市民は発言することによって…
自分が何者であるかを暴露する
他者の批判を受ける覚悟をする
それぞれが自由であり平等であることを引き受ける
それぞれが多様でユニークであることを引き受ける

◆社会という領域

前近代において、農村等の共同体が崩壊し、国民国家が誕生する…プライベートでもパブリックでもないソーシャルな領域が出現…顔のない無名の群衆の登場…社会は「画一主義」であり「ひとつの利害とひとつの意見」があるのみ

活動ではなく行動
人は個性の発揮ではなく利益を追求するようになる
活動(アクション)ではなく、行動(ビヘイヴィア)
資本主義社会が画一的に行動する人々を作りだした

官僚制の誕生
君主による絶対統制に代わる、いつでも交代できる役人による統制
統治する者の顔が見えない…ある意味支配者の不在

私的領域への侵食/区別と差異へ
社会の労働者となった家主に、その主人たる権威はなく、家族内においても平等化が進む…家族内ではなく外部に心理的拠り所を見出そうとする

公的領域への侵食/生政治?
共同体の活動である政治的決定が、自由の実現ではなく、元来家族の役割であった生命維持のためのものに変貌する…

現代では殆どの時間を社会という領域で過ごすようになる
公的な場(政治的空間)では法の下に平等である…しかし社会に於いては画一化した世界に逆らうように個性を求めるようになる

◆演劇と権力

社会の空間は政治の場に限られたわけではない…アレントは「演劇」の中にも「活動」を見出している(演劇は活動そのものではないし、同様の芸術は他にもあると思う)
それは「工作者」によって残され「語り手」によって演じられる(エクリチュールとパロールの関係だろう)

権力とは活動の場において生まれる関係のようなもの…共生の空間で初めて生まれ、共生の空間の消失とともに消える…権力は公的空間を維持させる力を持っている

◆マルクス批判

人間の本質は「労働」である…
「労働」は生命維持のための、ある意味仕方なく行うものであり、人間の本質は公的な空間における自由な活動にある

暴力が人間の歴史を作る…
ポリスにおいて、公的領域での権力の行使は統治の手段であった…支配の手段すなわち暴力ですべての歴史が動くわけではない

革命が哲学を完成させる…
権力による政治ではなく、暴力による改革を意味している…「仕事」を公的領域の「活動」に適用しようとしている

マルクス主義はスターリニズムにいたる全体主義へのひとつの道筋になっていた…西洋哲学のひとつの帰結とも言える