西洋思想は同一性を警戒している
形而上学、ロゴス中心主義、音声中心主義を避けたいからだ
「差延」「差異と反復」という言葉は「コマ送り」を連想させる
他との差異だけではなく時間的にも差異化する様子が窺える
しかし難しく考えなくとも「変化」と言えばいいことではないか…
言葉の世界は違いの世界であり、興味や関心で編まれた世界だろう
同一に見えるということは、観察者にとって極めてゆっくり変化していることを意味している
観察者の興味関心の範囲において同一に見えているに過ぎない
すべては変化している…
すべては過程に過ぎない
自分という人間も過程である
「差延」や「反復」という言葉は「同一性」が基準になっている
変化や過程の方を基準に考えてもいいのではないか…