SOMETHING

人は何となく「変化しないもの」を想定してるものだ
変化しない源泉である「何か」が「現れ」る
人に見えるのはいつも流動的な「現れ」だけだ
「何か」は不動でなくてはならず、人はそれを知り得ない…
在るのか無いのかさえ語れない…
可聴域や可視光線の範囲内でしか見聞きできない
ある視点から見ることしかできない
仮に視点を増やしたり、中に入ろうが同じことだ
結局、世界がどうなっているかではなく、認識のあり方であって…
つまり分かるものと分からないものが前もってあるのではなく…
分かるということは世界を創ることと同じだということ
人には創ることしかできない

「現れ」はすでに色付けされてる
「何か」は「すべて」であり、「何か」と「現れ」は対ではない
「現れ」はすでに人によって作られている…意味が編み込まれてる
作られているから「現れ」る
……そう思う

「何か」とは、イデア、物自体…と思われた
しかしそんなものはない…「何か」は「すべて」だから…
「すべて」は対象にすらならない
「すべて」は主体も含めての「すべて」のことだ
とにかく「すべて」…例えようがない…
在るのか無いのかさえ語れない…