知のあり方は社会のあり方
社会のあり方は権力のあり方
権力を問うことは知を問うこと
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『監獄の誕生』
歴史を振り返ると、例えばローマのコロッセオでは公開処刑が娯楽となっていた…ルイ15世暗殺未遂のダミアンもノートルダム教会前で公開処刑になっている
公開処刑は権力側の見せしめだろうが、観客や見物人が大勢いるという事実は現代の感覚では計り知れないものがある
19世紀に入りフランスで公開処刑が無くなる
変わって「監獄」が誕生する……なぜか
公開処刑という行き過ぎた行為に対する妨害や、同情からか死刑囚を聖人扱いする事態となり、もはや見せしめが意味を失ってしまう……
さらに以前より多発、多様化する犯罪に対し、処罰するだけではなく教育する必要性が生じる……「見せしめ」から「教育」へ
系譜学/真理/権力
系譜学はこれまでの「真理」という概念を解体する
ここで語られる「真理」とは、相対的であり、力動的な場である
形而上学がもたらす絶対的真理ではなく、アルケオロジーがもたらすエピステーメでもない
真理が生まれるメカニズムを理解するためには、社会における主体間の権力関係を分析する必要がある
外部からのイデオロギーではなく主体の内部から働く力…
それは学校や職場や家族という日常の中で作られる
訓練/調教/育成
中世の兵士は徴集された民衆ではなく、侍のような専門職だった
しかし18世紀後半になると、兵士は国民を改造して調教されるものとなる
軍隊で得られた調教技術は、学校、兵舎、工場で生かされるようになる
そして命令に従うだけではなく、自主的に行動するようにするためには…
そこには教育があり、試験と評価があり、「真理」が教えこまれる
▶︎パノプティコン 監獄における一望監視装置
試験の原理を建築として具体化したもの
中央の監視室に監視者が常駐する必要がない
監視されるものは自らの中に監視者を作る…他者の眼の内面化
権力を自動化し、没個人化する装置
権力の自動化…これがキモだという気がする
フーコーによると、パノプティコンは資本主義社会のモデルらしい
ヴェーバーが言うカルヴィニズムの影響を連想させる